お嬢様、悪役になる

1/11
前へ
/159ページ
次へ

お嬢様、悪役になる

 ……時は私が真田さんを指名する10分ほど前に遡る。 「うう……何だか怖いわ。大丈夫かしら、矢野」 「しっかりしてくださいよ。あの男を連れ戻しにきたんでしょうが」  逡巡している私の背中を、矢野がぽんと押した。 「もう怖気づいたんですか?」 「だって……」  私の目線の先には美麗な男性の顔が並んだ派手な看板があった。  店の名前は『Beast(ビースト)』というらしい。装飾されたネオンは華やかだけど何だかいやらしくて、店の前に立つだけでも背中から冷や汗が出てきた。 「本当にこんなところに真田さんがいるの? だって、未成年なのに……法律にも違反しているんじゃ……?」 「使う側と使われる側の需要と供給が合えばそういうこともあります」  クールな顔をした執事は冷めた目でネオンを見上げた。 「しかし、これではまるで身売りですね。あの男は吉原の遊女ですか? 家族を養うためとはいえ、哀れなものですね。高いお金を払ってくれるご主人様に見境なく尻尾振って生きる道を選んでしまうとは。これだから貧乏にはなりたくないものです」 「やめて、矢野! そんなこと絶対にさせないわ……! こんな仕事、私が何としても辞めさせる!」  矢野に発奮させられてようやく気合が入った。  そんな私を見つめて、矢野は口角を上げて笑った。 「それでは参りましょうか。悪役令嬢、宮藤愛姫様。哀れな貧乏人、真田陽の一縷(いちる)の望みとやらを粉々に踏みにじって差し上げに」  私は頷き、店内に向かって歩き出す。矢野は半歩下がってついてくる。  そう──私は悪役令嬢。それでいい。  どんなに嫌われようと構わない。  ここにあの人の居場所を作らせるわけにはいかない。  今は病院で治療を受けている、彼の弟と約束したから。  どんなことをしても、真田さん──あなたを助けるって。    
/159ページ

最初のコメントを投稿しよう!

94人が本棚に入れています
本棚に追加