お嬢様、悪役になる

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 私の声が大きすぎたのか、一瞬辺りがしんと静まり返ったような気がした。 「どうもすみません、うちのお嬢様はこの通りわがままでして」 「う、うるさいわね矢野! いいから……その人をとっとと連れてきなさいよ!」  私は頬を膨らませてドスンと腰を下ろした。  ビクビクした様子で案内人が去ると、矢野は笑いながら私に囁いた。 「お見事なわがままっぷりで」 「矢野……あなた、楽しんでるでしょ?」 「もちろん。楽しまなくちゃやってらんないでしょ、こんなこと」  酒でも飲もうかな、などと彼はメニューをパラ見する。そんな彼も私と四つしか年が離れていないから、実はまだ飲酒のできない年齢のはずだけど。  矢野の余裕が羨ましい。  私はもう緊張しすぎて倒れてしまいそうだ。  ドキドキしながら待つこと数分──。  私の元に、あの人がやって来た。    その姿を一目見た時、私は耳元で大音量のオペラを奏でられたような気持ちになった。  大人っぽい三つボタンのスーツに整えられた髪。長身でバランスの良い体躯と、ワイルドな色気を放つ精悍な顔つき。全てが完璧で、息を呑むほど美しい。  さっきの女顔のナンバーワンなんかより、彼の方が全然素敵だ。  ……王子様だ。  本物の王子様に出会ってしまった。  あまりの衝撃に、私はここがホストクラブであることも彼が本当は貧乏だということもすっかり忘れて見惚れてしまった。  普段は毒舌すぎる矢野でさえも彼の変貌ぶりに口を開けたまま言葉を失っている。 「この店一番の貧乏人を指名だって? フザけた注文をしてくれやがって」  私は口をぱくぱくさせた。  違うのよ、それは矢野が勝手に──そう言いたかったけど、喉がカラカラで声が出ない。 「姫、段取り通りに」  矢野が小声でこっそりと私の脇腹をつつく。私は福島の郷土玩具の赤ベコのようにかくかくと首を振って頷いた。    そうだ。これは闘い。  彼の未来を変えるための、負けられない闘いなのだ。
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