お嬢様、悪役になる

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「あ、あなた……名前は?」  ──私は宮藤愛姫、彼とはほぼ初対面……。その設定を破ると、江藤ゆみの存在が危うくなる。  私はなるべく彼を直視しないようにして、ツンとした態度で接するように心がけた。 「名前はまだない」 「夏目漱石が書いた猫視点の小説みたいですね」  矢野が意地悪そうな顔で笑った。 「猫というより馬でしょう、この顔は。噂通りの貧乏臭さですね、姫」 「……そ、そうね」  矢野は後で殴る。絶対殴る。この私に彼の悪口を言わせるなんて──。  内心手足をバタバタさせたかったけど、手の甲をつねって悔しさを堪える。 「貧乏臭くて悪かったな。そっちこそ、根性悪そうな顔してるぜ。特にそっちの執事」 「たしかに」 「姫! どっちの味方なんですか!」  矢野が心外だというように私を睨む。  彼は真田さんを貶せと目で訴えている。  分かっているけど、どこからどう見ても素敵なんだもの。こんなホストがいたら本気で貢ぎたくなっちゃう。  チラチラと視線を投げていたら、真田さんはムスッとした顔で言った。 「何見てんだよ。そんなに貧乏人が珍しいか。この変態お嬢」  グサッ! と言葉のナイフが胸に刺さる。    うう、泣いちゃいそう……。  いくらそういう役だからといっても大好きな彼にそんなことを言われると傷ついちゃう……。  泣くのを堪える私の横で、矢野が助け舟を出す。 「何とでも言ってください。うちの姫、変態ですから蔑みの言葉はむしろ喜んでしまいます」 「マジか」  矢野は後で殺す!   私は心のメモにそう書いた。
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