お嬢様、悪役になる

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 愕然としていた私に背を向けて、矢野が真田さんの前に進み出た。 「さっきの姫のムチャブリは撤回します。あなたの反応があまりにもつまらないので、少々からかいが過ぎてしまいました。申し訳ありませんでしたね」  真田さんは目を細めて探るように矢野を見た。 「あんた、ただの腰巾着かと思ってたが……そうでもなさそうだな」 「私がただの腰巾着? あなたの目は節穴ですか? どこをどう見てそう思われたのか、脳内を輪切りにしてみたいものですね」  矢野も鋭い刃のような目をしているに違いない。  二人の男の睨み合いを、私はドキドキしながら見守っていた。  すると。 「そこを退け。あの女の言う通りにしてやる」  真田さんが言った。  私の心臓が大きく弾んだ。  ……うそ。  私の言う通り──私にキスをするって、真田さんはそう言ったの? 「退きません。撤回すると申し上げたはずです」  矢野は私を護ろうとするように腕を広げた。 「テメエらの勝手に振り回されるのはもうごめんなんだよ。キスをすれば終わりにしてくれるんだろ……? だったら終わらせる。退けよ」  真田さんが強引に矢野を押し退け、私の前にやってくる。  驚いて固まってしまった私の真横の壁に真田さんが手をついた。彼の悲しげな顔がゆっくりと近づいてくる。 「頼むから……これでもう俺の邪魔をしないと約束してくれ」  ……間違ってた。  矢野の言う通り、私が間違っていた。  真田さんの傷ついた瞳を間近で見て、私は自分の愚かさを知った。  彼は苦しんでいる。  自分が間違ったことをしようとしていることをきっと誰よりも分かっているのだ。    こんな方法じゃ、真田さんは救えない。  それどころか、彼は完全な闇に堕ちる──。 「……やめて!」  唇が触れる寸前、私は叫んだ。ほぼ同時に矢野が私を真田さんから救い出し、盾になる。 「姫、帰りましょう」  背中越しに、私の執事は呟いた。  私は小刻みに震えながらその言葉を聞いた。 「残念ながら……我々の負けです」    
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