敗戦のリムジン

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敗戦のリムジン

 私は頷いた。  本当は涙が出るほど悔しい。  どんな手を使っても彼をここから連れ出すつもりだったのに。   「もうおしまいか? 口ほどにもねえ奴らだな」  半個室を出ようとした私たちに真田さんが声をかけた。 「……一つだけ教えて」  私は彼に背中を向けたまま問いかける。 「あなたはここで働いたお金で……何を手に入れるつもりなの?」 「……何も。ただ、守りたいだけだ」  弟の命を。  静かに聞こえてきたその一言に、私は彼に見えないようにそっと微笑んだ。  それでいいの。  あなたは──それでいい。 「そう。せいぜい頑張ってちょうだい」  私は背中で精一杯の虚勢を張った。 「でも……私に恥をかかせたこと、いつか必ず後悔させてやるから」  意地悪な悪役令嬢、宮藤愛姫が新人ホストに泣かされて帰っていったなんて噂が立たないよう、私はどこまでも毅然と振る舞いながら店から飛び出した。  後のことは何も考えられなかった。 「姫、リムジンにお乗りください」  悄然と項垂れた私を、矢野が隠すようにして車まで連れて行く。  父には内緒のミッションだから、ドライバーには特別な時間外手当を出して働いてもらっている。手当の中には口止め料も入っていた。    敗戦後の車中には重苦しいムードが漂っていた。  私の隣で、矢野がため息をつく。  真田さんを説得出来なかった。  それは私たちにとって想定外の出来事だった。  失敗の原因は自分にある。  そう思った私は、小さく「ごめんね」と呟いた。 「私のせいで計画が台無しになって……。それに──ありがとう。私のことを守ってくれて……」  不良も逃げ出す真田さんを相手に体を張ってくれた矢野の背中を思い出す。 「驚いたわ。あなたって意外と勇気があるのね……」 「惚れ直しましたか?」  そういうことを言わなければもっと格好良いのに。  矢野はこういう時、いつも自分で自分の株を下げる嫌味を言う。 「まったく、バカな主人を持つと下の者は苦労しますよ。今度昇給させてもらえるように姫から雅臣様に頼んでおいてくださいね」 「……ほんとにごめんね」  心から反省した態度を見せると、矢野は小さく冗談ですよ、と言った。 「姫をお守りするのが……私の役目ですので」
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