攫われた弟

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「……飼う? 金のねえ奴は人間以下の扱いかよ。呆れた女だな」 「弟くんの命に比べればあなたの体なんて安いものなんでしょ? だったら買うわ。ホストクラブのお給料の二倍でどう?」 「金なんか……いらねえよ!」  真田さんはうんざりだというように吐き捨てた。  「勘違いしないで。あなたは私に借金があるの。悠くんといったかしら……? あの子、かなり衰弱してたから、パパが出資している医療法人に預けたの。その入院代と治療費を私が肩代わりしたのよ? ありがたく思って」 「何……?」  彼の目から少し殺気が飛んだ。 「悠は無事なのか……?」 「それはあなたの返答次第よ。私の家で働いて、サクサク借金を返すか。それともホストか日雇いのアルバイトに戻って、借金まみれになって野垂死にするか──。言っておくけど、最先端の治療を行っているから、普通に働いてるだけではあなたが一生かかっても返せない額になってしまうかも。そう見込みを立てた場合は病院を追い出すわ。私も単なる遊びで財を減らしたくはないし」  分からない、というように彼は首を振った。 「てめえ……何が目的でそんなこと──」 「私、あなたが気に入ったの。丈夫そうだし、真面目に働いてくれそうだし」  私はにっこりと笑った。 「さあどうする? 今ならうちの従業員寮に住み込みで三食もつくわ。悪い話じゃないと思うけど?」  彼は考え込んでいる。あともう一押しだ。 「仕事を選り好みしてる場合じゃ、ないんでしょ?」  私がゆみの姿をしていた時、彼自身が言った言葉だ。  それで真田さんは心を決めたようだった。 「──そうだな。悠さえ無事なら……俺はどうなってもいい」 「交渉成立ね?」  私は胸を撫で下ろした。 「おまえらのこと、ちゃんと信用できるんだろうな?」 「弟さんのことなら矢野に病院での治療経過を月次で報告させるわ。何かあった場合もその都度報告する」 「……本当だな?」 「ええ。約束する」  私はそっと鉄格子の鍵を開けた。ゆっくりと扉が開いて、私と真田さんを遮るものが何もなくなる。 「ようこそ。宮藤家へ」  真田さんは足を一歩、また一歩と踏み出し、宮藤家の敷地の中へ入ってくる。 「魂までは売らねえからな」  すれ違いざまに彼はそう言った。  私は彼に見えない角度でそっと微笑んだ。  ──それでいいの。  あなたは、それでいい。  あなたのそういう芯の通った男らしいところが……好きだから。  
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