幸せな朝

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「行きましょ、真田さん! こんな人たち相手にすることありません!」    憤慨しながら彼らの横を通り過ぎようとした時だった。彼らのうちの誰かの嘲笑が私の耳に届いた。 「よくこんなダセえブスと付き合えるよな。趣味わる──」  その男が最後まで言い切らないうちに、真田さんの手は彼の顎を掴んでいた。あまりの早さに、私はびっくりして固まった。 「てめえら、今度は顎の骨を折るぞ」  真田さんの声は本気だった。  心臓がドキドキする。  どうして。  私への悪口で、どうして真田さんがここまで怒るの?   「いててて、ギブ!」  真田さんに掴まれた男が叫んだ。そこで私はハッとした。 「だ、ダメです真田さん!」  慌てて真田さんを止める。 「せっかく宮藤家でバイトすることが決まったのに、問題を起こしたら──またクビになっちゃいますよ!」  矢野が私のメガネ越しに今の状況を見ている。彼がこのことをパパに報告してしまうかもしれない。雇って間もない使用人が外で不良と喧嘩なんて、絶対に印象が悪くなっちゃう。  私は真田さんを庇うように前に出て、不良たちを睨み回した。 「私のことをどう表現されても構いませんが、真田さんをからかうのはやめてください! 真田さんに失礼です! どうしてもというなら、私が代わりに相手になりますよ!」  辺りが一瞬シーンと静まり返った。  が、すぐにまた爆笑が生まれた。  なんで? 「女に庇われてやんの。だっせー!」 「良かったな、真田。地味子が守ってくれるってさ」 「さすが地味子、笑かしてくれるわ!」  彼らはそれでやる気を失くしたのか、またな、と言って笑いながら去って行った。最後までムカつく人たちだ。  トラブルは避けられたから良かったけど。 「失礼な人たち! 行きましょ、真田さん」  私はカッカしながら歩き出した。  でも、真田さんは立ち止まったままだ。 「真田さん?」  振り返ると、真田さんは真顔で私を見ていた。 「何でだよ」 「えっ?」 「俺なんか庇ってどうするんだよ。笑われて恥ずかしいだけで何のメリットもないだろ。さっき、俺がクビになる心配までしたよな。あんたは何でそこまで……他人のことを思いやれるんだ」
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