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「それは……」
真田さんが好きだから。
なんて、はっきり言うのはまだ恥ずかしい。
それに、その言葉はお嬢様の姿で言わないとややこしいことになってしまう。
今の私は仮の姿。本当には存在しない幻だ。
幻はいつか消さないといけない。それは、この姿じゃないお嬢様の私自身を彼が好きになってくれた時だ。
今はまだ、私の気持ちをゆみに語らせるべきじゃない。
「悠くんのためです」
頭の中でいろんなことを考えながら、私はやっと言い訳を絞り出した。
「……悠の?」
「そうです。悠くんは私の大切なお友達です。真田さんは悠くんの大事なお兄さんだから、悠くんの代わりに心配しているんです」
「そうか……」
真田さんは納得してくれたかな。
そっと見つめると、優しい瞳を返してくれた。
「分かった。ありがとう」
はぅ。真夏のかき氷みたいに溶けてしまう。
お嬢様の時の私も、こんなふうに見つめてくれたらいいのに。
「そうだ、あんたにはこの間の礼も返さねえとな」
「お礼なんて、いいです」
「そういうわけにはいかねえよ」
真田さんは男らしい顔をする。
「何か欲しいものを買って──っていうのは無理だけど、俺に何かできることがあったら何でもするから言ってくれ」
きゃあああ〜! キュンキュンする。
体の芯から熱が上がって、心拍数も急上昇した。
「……じゃあ……また明日も一緒に学校に行ってくれますか?」
ドキドキしながら尋ねると、真田さんはほんの少しだけ笑った。
「そんなことでいいのか。欲がないな。うちのお嬢とは大違いだ」
最後の一言だけ余計なんですけど。
「他にないのか? 通学するだけじゃ受けた恩と釣り合いが取れねえよ」
「えーと……それじゃあ……」
せっかくのお誘い。
断るのはもったいない!
ダメよ、ゆみ。あなたは引っ込んでなさい!
私の中のお嬢様が叫ぶ。
幻のくせに、生意気よ!
うん。そうよね。ダメなのは分かってる。けど──。
一日だけ。
「一日だけ……私と一緒にお出かけしてください」
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