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第2話 【バースト・シティ、東京】後編
「狙撃犯は確保した、的の方は?」
「左肩に着弾、命には別条なしよ」
「チッ、それでも命中かよ、始末書ものだな、こりゃ」
美咲の返答に舌打ちをしたコルト。
「ホシはどう?」
「こいつはアンドロイドだ。やっかいなのは体内に起爆装置が埋め込まれているって事だが……」
コルトによって床に押さえ付けられたテロリストが口を開いた。
「フフフ、どうする? ワン公」
「馬鹿が、これで勝ったとでも思ってるなら大間違いだぜ、ナメるなよ機械野郎! 吐いてもらおうか、なぜ民生党の関係者を狙う? 目的はなんだ?」
テロリストは口を閉ざす。
「黙秘か? 悪いが機械ぶぜいにゃ黙秘権はねえし、弁護士を呼ぶ権利とやらも適用外だ。唯一許されるのはオレの牙で壊されるって事だけだ、さあ、どうする?」
コルトは狙撃手の喉元に脅しで牙を突き立てた。あとは軽く力を込めるだけで鋼鉄の牙は貫通する勢いだった。しかし、狙撃手の男はそれでもいっこうに動じる気配は見せなかった。
従来の警察犬を進化させた形となる犬型アンドロイドのコルトとビショップの二体。そして彼らにはただの高性能アンドロイドとしての機能以外に学習や訓練を繰り返しながら経験値が上がると同時に感情が備わる。
それは本来の生身の犬と同様に言語以外は成長する過程で育っていくものと同じだった。しかも、二体は特殊AIチップ機能のおかげで人間と同様に言語を話す。相手に合わせて多言語の自動化が可能だ。
アンドロイド犬、コルトの報告を聞いて判断を下したのはテロ特殊捜査課のメンバーで元警視庁のベテラン刑事だった古株の黒川だった。メンバー全員が通信用のインカムを着け、警視庁特殊捜査課のマークが刺繍されたジャンパーを着ている。多少窮屈だが中には防弾チョッキという出で立ちだ。
「ビショップを行かそう、コルトはそのまま待機だ」
黒川が言うと、美咲は隣にいるもう一体のアンドロイド犬、赤い体毛で覆われたシェパードのビショップに視線を向けた。コルトの相棒でもあるビショップは既に自ら降下する態勢を取っている。
「ビショップ、わかってるな?」
黒川の言葉を反芻するかのように、美咲がうなずくとビショップに伝える。
「脳内データのバックアップ後、起爆装置の解除、頼むわよ」
「了解した」
まだ上空からビルの屋上までは距離があったが、ヘリコプターから一直線に屋上へ向かって飛び降りたビショップ。狙撃犯を取り押さえているコルトの直ぐそばに簡単に着地した。ビショップがコルトに歩み寄る。
「どうだ? コルト」
「ケッ、簡単に口を割るたまじゃねえよ。いっそのこと噛み砕いてスクラップにしちまうってのはどうだ? 生かしといても無駄だぜ、こんな野郎! で、どうするって?」
「まずは脳内データを記録してから起爆装置を解除だ」と、ビショップは告げた。
「こいつの中に潜るつもりか? アンドロイドのテロリストだぞ、トラップが仕掛けてある可能性は高いぜ、用心しろ」
「わかってる」
ビショップは男を強引にうつ伏せにすると前足の爪先部分からケーブルを引き出し、アンドロイド体特有の首の裏側にある電脳デバイス用プラグソケットにジャックインした。男が一瞬うめき声を上げる。男の電脳内にダイブしたビショップはあっという間に電脳空間の海原に飛び込む。そこは無数の光と数字の羅列が雷雨の様に飛び交う目の眩む世界だ。
男のデータが存在する記憶チップの場所に辿り着いた。外界では暫く沈黙が続き、降り止まない雨の音だけが聞こえている。コルトとビショップは互いの電脳内で会話をする。
『クソっ、予想どうりだ』
『どうした?』
『脳内データがある記憶チップは頑丈にロックされている。だが解除は難しくない。問題なのは仮にロックを解除したとしてもその時点で起爆装置が作動してドカン! って仕組みだ。おそらく相互連鎖で起爆装置を先に処理しても記憶チップは消去される仕組みになってる。一見単純な造りに見えるが結構手の混んだ仕掛けだ。一応前科をデータベースにかけてもみたが案の定掠りもしない。識別番号も無しだ』
『だろうな、タレコミ通りだ。前科者や正規品の奴らばかりなら苦労もねえさ。あくまで痕跡を残さない得体の知れない野良マシン……か。けっ、敵も用意周到だな。で、どうするよ?』
『やってみるさ』
『オイオイ、記憶チップを取りに行くっていうのか?』
『やるしかあるまい、任せろ』
ビショップはコルトにそう言うと再び男の電脳内にダイブを試みる。ビショップの電脳内では凄まじい速さで演算処理が行われ、草の根を掻き分ける様に記憶チップの場所まで潜り込む。時間にすれば僅か数秒足らずだろう。
記憶チップの前、ビショップは素早く解除を試みる。開いた! ビショップは素早くラインを繋げデータの入った記憶チップをくわえた。予想した通り起爆装置がすぐさま作動を開始した。
『やはりそう来たか』
ビショップは猛スピードでその場からの離脱にかかる。しかし、次の瞬間、ビショップの行手を防壁が塞いだ。ジャンプして防壁を飛び越えようとしたビショップだったが、防壁は更に高さを増して来た。防壁面に脚を掛けて宙返りするが、既に反対側にも防壁が出来上がり、一瞬でビショップは四方を防壁に囲まれてしまった。
『クッ、まだだ!』
ビショップは一旦着地すると反動をつけ、勢い良く防壁を駆け上がって行く。先を読むかの様に積み上がる防壁。電脳空間では驚異的なスピードで線と線が交差する目まぐるしい攻防だった。
『ビショップ、こっちだ、掴まれ!』
積み上がる防壁の最上段にコルトがいた。既にビショップの電脳回路は焼き切れる寸前だった。それだけこの防壁との対峙は電脳に負荷がかかる証拠だった。ビショップの電脳に及ばないコルトにはその場にいるだけで脳への負荷は数倍にあたる事をビショップは知っていた。
『無茶をするな、コルト! おまえには無理だ、早く離脱しろ!』
『馬鹿言え、放って行けるかよ!』
ビショップが男の電脳内から帰還したが、コルトは意識を消失し横たわり動かない。ビショップはコルトの脚を噛み引きずり出した。美咲たちの乗ったヘリコプターがホバリング状態に入ったところだった。その光景を空から見て異変に気づいたのは美咲だった。
「何があったの? コルト、ビショップ?」
直後にテロリストの男は激しい痙攣を起こし始めた。身体の節々から鼻につく様な金属の匂いとどす黒い煙が吹き出す。狙撃手の体内に埋め込まれていた起爆装置のデジタルタイマーが確実に秒数字を減らしていた。
「来るな、お嬢!」
ビショップが叫んだ。
「起爆装置が作動している!」
コルトを必死に引きずり爆発寸前の狙撃手から遠ざけるビショップ。直後に派手な爆発音と共にコルトとビショップは爆風で吹き飛ばされた。一瞬で狙撃手の身体は消滅しバラバラと僅かな欠片が屋上の床に飛散した。
ビショップは直ぐに立ち上がったがコルトは倒れたまま、無反応だった。爆風の影響ではなく、あきらかに電脳空間へのダイブがコルトの力量を越えていたことをビショップは察知した。
「こちらビショップ! コルトがまずい」
ビショップの電脳無線に反応したヘリコプター内の公安局テロ特殊捜査課の黒川史郎。同じく、滝光龍介と、そして川本美咲は上空からコルトとビショップを心配そうに見つめる。
「馬鹿が、なんて無茶を……」
だが、その代償と引き換えにビショップは僅かに残された自爆犯の記憶の断片が残った脳内データを捉える事に成功した。
屋上に着地したヘリコプターから降りて来た公安局テロ特殊捜査課の三人。バラバラに散った狙撃手の遺体の欠片を目にして滝光が声をあげた。
「こりゃまた派手にやられましたね」
「滝光、とりあえず機動隊ロボットと鑑識ロボットを二てに分けるぞ。首都高上の害者側にも一組、鑑識ドローンも手配、現場封鎖だ」
「了解です」
滝光は黒川に言われ屋上入口付近に待機している機動隊、鑑識、各ロボットの役割分担を本部のコンピューターチームに通達。黒川は白い手袋を着けて破片が散っている周辺を見て回った。
美咲は自分の到着を待っていたかのようなビショップに走り寄る。
「いったい何があったの?」
「コルトの奴、無茶をして俺の電脳にリンクを貼って追いかけて来た。強固な防壁に飛び込んだんだ、ダメージは俺の数倍は食ったはず……」
ビショップはそう美咲に説明した。
「至急コルトを本部へ!」
美咲はインカムに向かい叫んだ。黒川らも心配そうに走り寄って来た。美咲から状況を聞いた黒川はヘリコプターへの搬送を急がせた。屋上に待機していた機動班の中から救護ロボットを呼び寄せる。その間、コルトを見守るビショップに黒川が訊ねた。
「それでビショップ、狙撃手の前科はどうだ?」
「前科どころかアンドロイド識別番号すらない、一連の事件同様非認可モデルですよ」
ビショップの言葉に黒川は納得した様子で頷いた。美咲が黒川に訊ねた。
「やはり一連の自爆テロ事件との関連が?」
「間違いなかろう、とにかくコルトが心配だ、搬送を急ごう」
と、心配をよそにコルトがパチリと目を見開くと口を開いた。
「心配いらねえさ……大袈裟なんだよ、皆んな」
「気は確かか? おまえの電脳で俺に着いてくるなんて無茶も良いところだぞ」
「うるせえぞ、ビショップ。俺がいなかったら今頃は……」
と、コルトは再び意識を失った。
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