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第3話 【思惑】
「よーし、オッケー! ビショップは大したダメージじゃないな。電脳回路の一部がショートしただけだ。問題はないよ」
整備室には不似合いなコンパクトのデジタルオーディオシステム。そのスピーカーから室内に流れているレゲエミュージックが無機質な整備室の雰囲気を和らげることに一役かっていた。公安局のシステムメンテナンスでコルトとビショップの専属エンジニア担当でもある播磨昌平の趣味。変人の異名は公安局には不似合いな彼の長いドレッドヘアー、レゲエマニアからも伺い知れる。通称"ドク"。
一方のコルトは整備台の上に横たわったままだ。コルトの様子を心配そうに見つめるビショップ。播磨がコルトのチェックを行なっている隣で全身のチェックを終えコンデンサーを外したビショップが播磨に尋ねた。
「で、ドク、コルトは?」
「かなり無茶をしたな、いくつか脳内の配線が駄目になってる。復旧まではしばらくかかりそうだが、全身のダメージは大した事はないよ。こいつのボディーは頑丈だからな。そのうち意識も回復するさ」
「ところで持ち帰った記憶チップに問題は?」
「ああ、かろうじて生きてはいるが、ところどころにデータの破損があるから修復には時間がかかるな。にしても……起爆装置もアンドロイドも、ありゃあそれほど珍しいもんじゃない。起爆装置の部品もアンドロイドの胴体もその気になればネットの通販で容易に手に入れることは可能だ。ただ、それなりに金はかかるがね」
「相手を割り出せそうか?」
「そいつは何とも言えない。知ってのとおりこの手の未認可アンドロイドは跡を絶たないからな。しかし、その防壁に関しては興味深い話しだ。おまえさんの電脳回路のダメージ状態から察するにかなり高度なサイバー技術だし、それを駆使している何者かもハッキング技術は相当なものだよ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※
「やはり今回の起爆装置の破片分析から一連の自爆テロで使われた起爆装置は同一のものだという結果が出ましたよ」
オペレーション室で志垣冬馬がキーボードを操作しモニター画面に起爆装置の破片を拡大して映し出した。他所で起きた自爆テロ装置の破片と重ね合わせてみる。
志垣はノーネクタイによれよれのスーツ、髪はボサボサでテーブルの上は散らかり放題、カップ麺やコーヒー、栄養ドリンクの類が散乱している。数日そこで寝食をしていることは明白だった。度の強そうな縁なしの眼鏡が唯一東大のイメージと重なる。ただし、志垣の場合は東大を『除籍』になったという周囲の噂だが。
「最初に起きた自爆テロは半年前の百貨店地下の高級食材売場。現場で巻き込まれたケガ人の中には民生党幹事長の奥方がいたし、次のテロは千葉県県議会補欠選挙で当選した同じく民生党議員の当選祝賀パーティーの会場。で、今回撃たれた民生党の村田副代表……。疑う余地もないっすよ。民生党に何らかの恨みを持った人間、あるいは民生党の政治理念反対派ってとこでしょう」
滝光は得意げに言ったが、話しの途中でオペレーター室に入って来た黒川はコーヒーメーカーから紙コップにコーヒーを注ぎながら滝光の推理に付け加えた。
「それだけじゃ正解はやれんな。肝心な部分を飛ばしてる」
黒川はソファに腰を下ろしコーヒーを啜りながら話しを続ける。
「よく考えろ、敵さんは半年間でアンドロイドを三体おしゃかにしてるんだ。いくらアンドロイドが普及し始めたご時世とは言えど、そうポンポン廃棄できるほど安価ではないだろ」
滝光は腕組みをして黒川の言葉の意味を考えたが、先に答えたのは志垣だった。
「要するにね、滝くん、それは量産出来る環境と財力……、そんなとこだね」
黒川は頷いた。
「そういうことだな。少々やっかいだが、まあ、狙いどころは自然と絞られて来る」
「アンドロイド製作に関連した企業を洗い出すってことですね」
「まあ、調べればおおよその検討はつくがな。ところで川本とワン公達はどうした?」
「はい、コルトは未だ整備中ですが、美咲先輩とビショップは局長に呼ばれたようで」
「ふ~ん、また上から圧力をかけられそうだな、こりゃあ」
「圧力、ですか?」
「政治家が絡むとややこしくなるのは警察にとってはマニュアルみたいなもんだ」そう言って黒川はゆっくりとコーヒーを啜った。
「それにだ、アセアン紛争の件もある。未だに日本だけが紛争に巻き込まれていない。戦火はいよいよ中国にまで及んでいるというのに、これが果たして何を意味するのか、だ。政府がピリピリと神経を尖らせているのは疑いようもない事実さ。今起こっている民生党を狙ったテロ行為だが、果たしてアセアン紛争とは無関係か否か、だ……」
黒川の言葉が詰まる。
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