第5話 【強襲】

1/1
前へ
/53ページ
次へ

第5話 【強襲】

 その頃、黒川はビショップと共に港区の湾岸地域に建つ『株式会社マミヤ・コーポレーション』を訪ねていた。白井エレクトロニクス社の子会社。業務概要は最先端のコンピュータ技術開発と優秀な技術者の教育、育成。近代的な複合施設の外観は至ってシンプルだった。  民生党本部で起きたSPによる反乱事件の一報は既に黒川とビショップの元に届いていた。  木内が社内から出て来たところを確認した黒川とビショップは停めていた車から降りて木内を出迎えた。 「梶山代表の秘書、木内達也さんですね?」  黒川の言葉と横にいるビショップを見て木内は直ぐにこの一人と一体の犬型アンドロイドが何者なのかを察知した。 「公安の方ですね? 本部で起こった事件のことは連絡が入っています。幸い梶山や他の人間は無事だそうで、さすが公安さんだ。まあ、SPの三人は気の毒でしたが一体どういう理由であんな事件を起こしたのか、まったくもって検討も尽きません」 「これからどちらへ?」 「幸い梶山は無事のようですし、国会へ向かったと連絡が入ってます。私も直ぐに国会へ向かいますが、事件に関する事情聴取には全面的に協力させてもらいます。とりあえず国会が終わった後にでも」 「いや、申し訳ないんですが事情聴取は今から行わせていただきたい。同行願えませんかね? ああ、これは一応任意ですが」 「また急ですね。一体なぜです?」 「それはあんたが一番良くわかってるはずだ」  ビショップの言葉に木内の顔色が変わり、一瞬不快な表情を浮かべて見せた。  ビショップは民生党本部での出来事を録画したコルトの記録チップにアクセスしてその画像をカーモニターの画面に映し出した。木内は目を逸らすこともせずジッと映像を見つめた。 「随分肝が座ってますな。普通の神経なら目を背けるか吐き気を催す映像ですよ。それから、死んだSPの三人ですがね、何かご存知ではありませんか?」 「私を疑っておられるようですが、残念ですが私は何も知りませんよ。公安さんの方で調べはついてるのでは?」 「身元はまだ判明していません。持っていた警察手帳は偽造されたモノでした。いつからSPとして警察庁に出入りしていたのかはもっか調査中です」  運転席でハンドルを握る黒川はバックミラー越しに木内の表情を伺いながら言った。  黒川とビショップが木内の身柄を確保した報せはオペレーターの志垣から美咲たちにも伝わった。民生党本部は厳戒態勢の中、報道陣がつめかけ、さらに機動隊ロボットに鑑識ロボット、警察関係者と入り乱れて混乱の極みだった。  コルトはそんな中、ビショップに電脳回線で連絡を取っていた。 「奴の様子はどうだ? ビショップ」 「ああ、おとなしいもんだ」  ビショップは後部座席の自分の隣で目を閉じて座る木内を見て言った。 「ただ、この男、どうやら血生臭い出来事には慣れっこらしい。ただの政治家秘書とは思えん」  木内が醸し出すその得体の知れない雰囲気がビショップには不気味に思えた。そしてコルトとの通信を切った後に事は起こった。異変に気づいたのはビショップだった。 「黒さん!」 「うん、どうした?」  黒川がバックミラー越しにビショップを見ると、ビショップが目で合図を送っていた。黒川がサイドミラーに目をやるとフルフェイスのヘルメットを被ったライダーが乗った一台の中型バイクがピッタリと黒川たちの車に張り付いている。 「ふん、なるほど」  ライダーはしばらく車間距離を測るようにして走っていたが、突然スピードを上げて黒川たちの車にピタリと横づけして来た。ライダーは素早い動作で足元のバックから抜き出したショットガンの銃口を後部座席の木内に向けた。突然の出来事に驚いた木内は頭を抱えるようにして体を折り曲げた。 「ビショップ、気をつけろ!」  黒川がハンドルを切りバイクに体当たりを試みるもショットガンから放たれた一発の弾丸は後部座席のドアを吹き飛ばす勢いで穴を開け、ライダーは片手でハンドルを器用に安定させながら片手でショットガンのスライドチェンジをして、二発、三発と後部座席めがけて発砲した。ビショップが木内の上に覆い被さるように弾除けになったが遅かった。一発目がドアを突き破り木内の横っ腹に命中し、二発目は木内の頭を吹き飛ばした。そして三発目がビショップの体に命中する。ライダーは木内の絶命を確認するとショットガンを放り捨ててスロットルを全開にし、黒川の幅寄せを交わして前方へ進み出た。 「逃がすか!」  後部座席を蹴破ったビショップは斜め前方のバイクに飛び移り、ライダーの右肩に牙を突き立てるとそのまま勢いに任せライダーに体重を預けたまま自分ごとバイクから振るい落とした。    バイクは横倒しになり道路上に叩きつけられる形となったライダーとビショップだが、ビショップは身体を捻りながら回転して難なく着地した。黒川は直ぐに車を路肩に停めて駆け寄った。ライダーはビショップに噛まれた右肩から出血していたが他に外傷はなかった。呻きながら体をよじらせている。ビショップががっちり取り押さえている。黒川はライダーのフルフェイスのヘルメットを外した。若い男だった。 「よーし、そこまでだ」  男の腕を掴み後ろでに手錠をかけたが痛みから「うー!」と呻き声を上げた。周囲には野次馬が集まり道路上には横倒しになったバイクが道を塞ぎ両車線は渋滞を始めた。黒川はモニター付携帯型の専用端末を取り出し本部の志垣に連絡を取る。 「冬馬、直ぐに救急車と応援をよこしてくれ、木内が殺られた」  黒川はショットガンの弾丸をくらったビショップを心配した。 「大丈夫か? ビショップ」 「この程度はかすり傷ですよ」  ビショップの腹部はショットガンの弾丸をモロに喰ったが黑ずんで煤が残る程度だった。 「まったく、おまえさん達の強化ボディーが羨ましいよ」と、黒川は苦笑いを浮かべながら言った。    都心から離れた隣県にある丘の上にそびえる一際豪華な建物。白井財団会長、白井光三郎の別荘。高価な調度品で飾られた応接間に白井と彼の側近である間宮智史がいた。 「そうか、木内の事を公安が嗅ぎつけたか」 「はい。しかし、ご心配には及びません。いずれにせよ私の方で手は打つ予定でおります」  白井は窓の外に広がる一面の森緑を眺めながら、時折視線を空に向けた。間宮は表情を変えず、白井の背を見続ける。 「田所を安易に使ってもらっては困るぞ。彼らは大事な懐刀だ」 「わかっております。公安もまだ彼らの存在に気づいている様子はありませんし、彼らには最終的な計画の実行までは目立つ行動は取らせません」  間宮の言葉に白井はゆっくりと頷いた。 「田所はキレる若者だ。今後の日本には彼らのような若者たちが必要不可欠になる。現に革命軍バーチラスは日本に介入する場合、彼らへの協力は惜しまないと打診して来ている」 「なるほど、ではいよいよ日本も……」 「うむ、間もなく始まるだろう……ところで公安が飼っている例の二体のアンドロイド犬のことだが、何かわかったのかね?」 「やっかいなのは間違いありません。ですが、あの二体を潰せば公安はもはや脅威ではなくなります」 「川本博士の娘がまさか公安の職に就くとはな……」  間宮は黙って白井の話しに耳を傾けていた。 「我が社のアンドロイド製造における初期段階の遺産があそこまで進化したのだ。どこまで発展するか今後の研究材料として目が離せんよ。ゆくゆくは取り戻さねばならんぞ」 「ハッ、その通りかと。しかし、それも間もなく実現可能かと思われます」 「うむ、期待していよう」  間宮が部屋を出て行った後、奥にある別部屋のドアが開いた。 「どう思うかね、あの男、間宮は……」  白井はドアから入れ替わり入って来た男を見ずに訪ねた。 「それは人間性、ですかな? それとも科学者、研究者として、ですか?」 「無論、両方だ」 「危うい……と言った感じですかな」 「ふむ、そうかね」 「まあ、教え子としては優秀でしたがね。今回は間宮の尻拭いを私に、と言うことですか?」 「うむ、木内の様にいずれ公安が嗅ぎつけるのも時間の問題だろう。何かあった時は頼むぞ、香坂くん」 「もちろんですとも」 「ところで川本博士の様子はどうかね?」 「はい、大人しく幽閉されておりますが、彼に対する処遇に関してどうされるおつもりで?」 「君に一任しよう。ただし、生かしておくことを前提にだ」 「まだ使いようがあるとお考えなのですか?」 「勿論だ。彼の技術と才能は侮れんよ。これまでの功績は財団にとって大きいのは確かだ。何か不満かね?」 「い、いえ、そんな不満などは……」  白井は香坂の様子を見てほくそ笑んだ。香坂にとって川本は研究者としてあきらかに上の立場にあり、それは香坂自身がわかっている。だからこそ未だに彼を生かしておく白井の考え方に些か不満を持っている。それがわかっているからこそ、敢えて白井は川本を生かしている。それは今後のため、全ては白井の計画に欠かせない大事な駒のひとつ。 「安心したまえ香坂くん。君の白井グループにおける貢献は誰よりも代えがたいものだ」  白井の言葉に香坂は深々と頭を下げた。  スラム街化が進んだ新宿歌舞伎町の片隅にある地下のジャズバー。昼を少し回った時間、カウンター席に座ってハンカチで鼻と口を覆っている間宮がいた。事務所から出て来た男が間宮の様子を見て鼻で笑った。反政府グループのリーダー、田所真也。彼は無言のままカウンターに入り、冷蔵庫を開けながら顔を歪めている間宮に尋ねた。 「何か飲みますか?」 「いらんよ。それより、何処か別の場所にアジトを移したらどうなんだ? 金なら出してやる、場所はどこでも構わん。ともかく、こんな薄汚い地下のジャズバーだけは無しだ!」  田所は冷蔵庫からミネラルウオーターのボトルを一本取り出し、キャップを外して口に運んだ。 「今回が最後の依頼になる。うまく演出を頼むぞ」 「演出ね。で、白井の爺さんは何て?」 「この件に関しては私に一任されている」  間宮は、とにかく吐き気さえ模様するこの薄汚くどこかカビ臭い匂いが染み付いた地下の店からサッサと抜け出したいらしい。 「やり方は任せるが、くれぐれも足が着くようなヘマはするなよ。木内の時みたいにチンピラは使うな。こっちは後始末が大変なんだ」  間宮は椅子から立ち上がると、床に置いた皮のバッグをカウンターに乗せた。 「報酬の五千万だ。準備が整い実行日が決まったら連絡をくれ」  間宮はそう言うと、最後までハンカチを口元に充てたまま出口へ向かって足早に歩いて行った。間宮には白井の思惑がわからなかった。あんな若僧に何を期待しているのか? これからの日本に必要? 馬鹿馬鹿しい、知性もインテリジェンスも感じられないあんな小僧より、自分の方が数倍上回っているではないか……と。  今回、白井光三郎から一連のアンドロイドを使った自爆テロを依頼された実行犯でその中心人物が反政府グループ"ユナイテッド"のリーダー、この田所真也だった。  田所は携帯用のデジタル端末を取り出した。 「巻矢か? そろそろ最後の仕事になりそうだ。今夜主要メンバーを集めて打ち合わせだ。頼んだぞ」  田所は端末の電話を切った。 「そろそろオマエの出番も回って来そうだぞ、雷電」  カウンターの下から出て来たのは犬型アンドロイド、白い体毛で覆われた狼犬種の雷電だった。 「ようやくか、待ちくたびれたぜ」
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加