第6話 【パンドラの箱】

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第6話 【パンドラの箱】

 民生党本部。梶山は代表室から電話をしていた。相手は間宮だった。 「梶山だ。白井会長と直ぐに話しがしたい。確認したいことがある」 「梶山さん、申し訳ないが白井会長はもうあなたとは会わない」 「どういうことかね?」 「わかりませんか? あなたと白井会長は既に公安からマークされてる。これ以上白井会長と接触すれば白井会長に嫌疑がかかるんですよ。あなたにはこれ以上動いて欲しくないのです。いろいろと面倒なことになりかねない」 「それでは話しが違う! 何のためにウチの党が犠牲を払ったか……。とにかくあんたじゃ話しにならん、白井会長と直接話しをさせてくれ!」 「その必要はありませんよ。だいたい今の地位まで登り詰めて来られたのは他ならない白井会長のおかげではありませんか? ここまでの事は白井会長に十分感謝することです」 「貴様、上手く利用したわけか?」 「あなたには感謝してますよ、梶山さん。忠告しておくが、この先下手に首を突っ込まないことです。そうなった場合、あなたの命の保証も出来ません。木内秘書の様になりたいなら別ですが」  間宮の電話は切れた。梶山は無表情のまま茫然と立ち尽くしていた。  警察病院、病棟の一室。部屋の前には制服警官が一人立っている。ドアには〈関係者以外面会謝絶〉のプレートが下がっている。室内には黒川とコルトが居た。ベッドの上では黒川の車を襲撃し、梶山の秘書、木内をショットガンで射殺して逮捕された若い長髪の男が拘束ベルトで縛りつけられた状態だった。椅子に座って黒川が男に問いただしてみるも黙秘を続けている。コルトはその間、部屋の隅で伏せた状態のまま眠っているかのように目を閉じていた。 「やれやれ、だんまりか」  黒川が溜息をついた。 「まあ、よかろう。ただな、金で頼まれたかなんか知らんが、相手はお前さんが口を割るのも想定内と考えてる筈だ。どういうことかわかるか?」  黒川の言葉に一瞬動揺した男は目を泳がせた。 「一応警察病院とはいえ安全性は拘置所の方が断然上だぞ。白衣を着た刺客が来ないうちに腹を決めることだ」  黒川は頭をかきながら椅子から立ち上がると部屋を出て行こうとする。 「ちょっと一服させてくれ」  コルトの横を通り過ぎながら独り言の様につぶやいた。黒川が部屋を出てドアを閉める音がしたのがわかるとコルトはゆっくり目を開けて立ち上がる。男はゆっくりとこちらに向かって歩いて来るコルトから得体の知れない恐怖感を抱き視線を外せなかった。コルトは不適にニヤリと笑いジャンプしてベッドの上に飛び乗ると仁王立ちして男が叫び声を上げるのを許さないかのように男の眼前に顔を突き出した。 「良く聞けよ小僧。お前が口を割らないならそれで良い。さっきのおっさんが言ったように遅かれ早かれお前は奴らに殺られる運命だ。そうなる前に俺があの世に連れて行ってやる」  コルトは語尾に力を込めると口をカッと開き鋭い牙を男の鼻先に突き立てる動作に入った。 「待てー、待ってくれー!」  男の哀願と取れる絶叫が部屋の外まで聞こえ、制服警官が驚いた様子で中に入ろうとしたが横にいる黒川が笑みを浮かべて警官の肩を掴み静止させた。  やがてライダーの男が供述した木内殺害を指示したと思われる暴力団組員の遺体が晴海埠頭の先、東京湾から車ごと発見された。  民生党本部代表室には局長の城之内と美咲、そして梶山代表の三人がいた。梶山は苛立ちと焦りの雰囲気が表情に出ていた。 「私はあなた方を信頼していたんですよ。しかし、これでは真逆だ! 一刻も早く事件解決に導いてくれないと私の信頼が失墜する」 「今回の木内秘書の件は私ども公安にも責任はあります。その点は申し訳ないと思っています」  城之内は深々と頭を下げた。 「だったら一刻も早く犯人を検挙したまえ! 結果を出してくれんと私もこれ以上は公安さんを庇うことは出来ませんよ。現に本庁からは捜査権に関して申し出も来ているんだ」  美咲は梶山の言葉に抑えていた感情を吐き出すかの様に答えた。 「お言葉ですが梶山代表。本当に身に覚えがないと断言出来ますか?」 「何が言いたいのかね?」 「白井光三郎という人物をご存知ですよね?」  美咲の口から出た白井光三郎という名前に梶山の表情が一瞬変わった。 「もちろんだとも。アンドロイド製造にかけては国内トップシェアの白井エレクトロニクス社を束ねる白井財団会長だ。政財界で彼の名を知らない者はおらんよ。君は白井財団と私の関係を言いたいのだろうが残念ながらやましい関係は一切ない。マスコミで報道されてるような政治献金云々はくだらんデマだ! 仮に私と白井財団が繋がっているとしたら一連の我が党を狙った事件と辻褄が合わんではないか? 白井財団を疑うということは私が彼らに裏切られているということになる。そんな馬鹿げた話しは有り得んよ」 「裏切られていない確信は持てると?」  美咲の言葉に梶山は心境を見透かされたような気がして表情が一変した。 「一連の民生党関係の自爆テロ、梶山代表拉致未遂のSP三人の自決、秘書木内の殺害。結局内通していたのは木内秘書だろうが、ライダーの男が供述した木内の口封じを依頼した組員もまだ末端の人間だ。おそらく糸を辿れば行き着く先はやはり白井財団だ。しかし、白井光三郎自ら手を下してはいまい。その間にいる人物が鍵だ。殺された木内秘書もそいつと接触を計っていた筈だ。その人物を特定しないとこのままでは芋づる式に遺体の山が出来上がっちまう」  オペレーション室にいる志垣、滝光、コルトの前で黒川が自論の推理を話していたところだった。そこへ入って来たのは民生党本部から戻って来た局長の城之内と美咲だった。さっそく滝光が民生党本部の様子を問いただした。 「梶山代表は何と?」 「さすがに木内秘書の件でショックを受けてるわね。民生党内部、各議員はほとんどパニックよ」  城之内が答えると黒川が納得した口調で言う。 「まあそうだろうな。一連の事件の内通者が身内だった可能性が高いとくれば、しかもあんな殺され方だ。当然だろう」 「それだけならまだいいんだけど……」  城之内が意味ありげな言葉を口にしたことで全員が城之内に注目した。 「大方、こっち側に火の粉を投げて来た、そんなとこだろ?」  城之内の返答を待つ前に黒川が独り言のように呟いた。 「政治家なんてのはそんなもんだ。まあ、実際、木内を連行してその途中で殺害されたわけだからな。責任を問われるのは当然だ、俺の責任でもある。まあ、こうなると思い切って梶山代表を直接事情聴取で引っ張るしか手はないか……」  城之内がオペレーション室から出て直ぐに黒川が背後から呼び止めた。 「梶山の件に関しては本音だぞ」 「わかってるわ。あの様子だと白井光三郎をかなり怖れている節があるわね。それこそ政治生命の終わりでしょうからね。でも、さすがに今回の件もあって党内からも批判の矢面に立たされているわ。党首の責任問題にも発展しそうな雰囲気になってる。彼としてはこのまま孤立する状態は避けたいのよ。だからウチに対して藁をも掴む気持ちなんでしょ。本来であればとっくに捜査から手を引かされてもおかしくないもの。本庁もあえてそうして来ないわ」 「それなりに理由があるってことだろうな。政治家が関わり、警察上層部とさらにそこへ圧力をかけている巨大な大企業の存在……。いずれにせよ、そうなるとこっちは直球勝負するしか手はない」 「白井財団を?」 「このままでは埒があかんだろう。いずれにせよ、白井財団を避けては通れないってことさ。少々やっかいな相手だが、まあ、本庁時代の同期のよしみだ。お前さんに火の粉を被せるようなマネはせんから心配するな」  黒川は軽く微笑んで見せるとオペレーション室に戻って行った。  大手町にある白井エレクトロニクス本社。 「黒川と言います。白井会長に会いたいんだが」  一階ロビーの受付で警察手帳を見せると二人の受付嬢はにこやかな笑顔が消え、動揺しながら黒川に用件を尋ねた。 「いや、いや、急なことなんでね。まあ、会長さんが不在なら誰か上の人でも構わんですよ。ちょっと伺いたいことがあるだけなんでね」  受付嬢は社内電話を取り、どこかに繋げた。繋がった相手に何やら小声で状況を説明している。 「只今、専務の中井が参りますのであちらの方でお待ち下さい」  黒川はここでは会長の白井光三郎には会えないだろう事は鼻っから承知の上だった。ソファに座っているとエレベーターから降りて来た一人の男が小走りにやって来て黒川に気づいて足早に歩みよった。名刺を差し出しながら、役職と名前を告げ深く頭を下げたが動揺は隠せなかった。 「白井会長にちょっと伺いたいことがありましてね。会長さんはこちらには?」 「はあ、白井会長は滅多にここには参りませんが……いったい用件とは何でしょうか?」 「いえ、いえ。そんな物騒な事は何も。出来れば会長さんに近い人にでも話しを聞ければと思ったんですがね。どなたかいらっしゃいませんか?」 「会長に近い方と申されましても……社長は現在米国へ出張中ですし」  専務の中井はうろたえ始めた。会社にとって白井会長は『パンドラの箱』、触れてはいけない部分といったところなのだろう。   「あなたが知っている範囲で構いません。何かあれば教えて欲しいのですが」  黒川の言葉に中井は少し考え、恐る恐る話し出した。 「白井会長には間宮という側近が付いております。ただ、間宮自身は実質当社の社員ではありませんので、当然ここへ顔を出すこともありません」 「社員じゃない? と言うことは白井会長が個人的に雇っているということですかな?」 「はい、そういう事になります」 「その間宮という人物に関して、もう少し詳しく教えてくれませんか?」
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