第7話 【ユナイテッド】

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第7話 【ユナイテッド】

 黒川は港区の湾岸地域に建つ〈マミヤ・コーポレーション〉に来ていた。 「初めて中を拝見しますが、いや、いや、いかにも今の若者たちが興味を抱きそうな会社ですな」  黒川が建物の中を案内されながら先を歩く間宮の背中に語りかける。 「日本は欧米などに比べまだまだコンピュータ産業に関しては後進国です。これからは若者をもっと育てなければこの国は滅びますよ。少子高齢化はもはや歯止めが利きません。若者はどんどん少なくなる。その少ない若者たちの中からいかに優秀な人間をチョイスして育成するか、それは我々企業にとっては重大な責務なのですよ。それを踏まえた上でもっと資金と場所を技術革新のために投入するべきなのです。しかし、国も政治家も何の手も打たない。したがって、資金力のある投資家に頼らざるを得ないのが現実です」 「それが白井財団というわけですか?」 「はい、白井会長は良く理解してくれていますよ。会長の理念と私共の理念は合致しています」 「なるほど。国も政治家も確かに手を打ちませんな。しかしそれはあなた方の様な巨大資本を持った大企業が国や政治家を支配下に置き、上手い具合に牛耳ってるからでは? 例えば、民生党の様な政党だとか」  間宮は黙っていた。湾岸地域を一望出来る渡り廊下で立ち止まった香坂は外を眺めながら黒川にきっぱりと問いただした。 「黒川さんとおっしゃいましたか。あなたはなかなか鋭い洞察力をお持ちの様だ。私と白井会長の関係を探ってるようですが、私と白井会長は事業パートナーとして有益な関係下にあります。変な疑念を抱かれるのは非常に迷惑な話しです」 「……間宮さん、いい加減ここまでにしませんか? もうあなたの計画はこれ以上進まない。もう猿芝居はやめましょう。民生党の木内秘書はこの会社の役員の一人に名を連ねていた。前回、我々がここから木内秘書を連行する途中で襲撃に遭い彼は殺された」 「……あなたに良いモノをお見せしますよ」  間宮はそう言って廊下を歩き出した。黒川は後に続き、指紋認証型の部屋を開けるとエレベーターに乗り、地下へと下りて行く。かなり深く下降していることは黒川にも解った。エレベーターが止まり、扉が開いた目の前の光景に黒川は驚愕の表情を浮かべた。アンドロイド製造工場、名称的にはそう呼ぶに相応しい光景だった。何体もの肌色をした人型の、一見するとマネキン人形のような感じだが、かなり人間に近い精巧なものだった。 「あなたに見せたいモノはこれだけじゃない」  間宮は更に奥へと進んだ。そこには研究室の様な小部屋があり、再び指紋認証型のチェックが付いた自動ドアを開けた。黒川の目に飛び込んで来たのは見覚えのある犬型アンドロイドがずらりと並べられた光景だった。十数体はあるそれらのアンドロイド犬たちは鎖に繋がれた状態で入口に立っている間宮と黒川に向けて鋭い眼光を向けて低く唸り出した。 「おわかりですか? あなた方の所にいる飼犬をマネて造ったわけではありません。もともとあの二体の飼主は我々だったのですよ」  黒川は何も言えず、ただ目の前の犬型アンドロイドを見つめるしかなかった。間宮が続けて口にした言葉は黒川を打ちのめすには十分過ぎた。 「既にあなた方の飼犬は兄弟達と対面してる頃かもしれませんね」 ※※※※※※※※※※※※※※※※※  民生党本部の警戒にあたっている滝光に合流したコルト。本部内を巡回中、黒川との定期連絡が途絶えたという志垣の連絡にコルトは一旦控え室となっている会議室に戻った。滝光は近くの牛丼チェーン店からテイクアウトして来た夕食を頬張っていた。 「あれ、どうした? コルト」 「呑気にメシを食ってる場合かよ、黒さんからの連絡が途絶えたと冬馬から連絡が入った」 「えっ?」  コルトは梶山代表の警護に付いている美咲に連絡した。 「こっちにも冬馬さんから連絡が入ってるわ。車のGPS反応は港区の湾岸地域にある〈マミヤ・コーポレーション〉という会社の駐車場よ」 「〈マミヤ・コーポレーション〉って言ったら……」 「そう。木内秘書が役員に名前を連ねていた白井エレクトロニクス傘下の子会社。黒さんとビショップが木内秘書を連行した現場よ。黒さんはそこへ行った可能性が高いわ」  コルトは既に美咲の声を聞いていなかった。箸を持ったまま立ち上がっている滝光をよそに会議室を飛び出した。  民生党本部のロータリーを出たコルトは、正門前で二台のワンボックスカーとすれ違う。不意に足を止めたコルトはそのワンボックスカーが本部の地下駐車場入口への警備検問をパスして入って行くのを見届ける。それはコルトの鉄を嗅ぎ分ける嗅覚、とりわけ銃器や硝煙の匂いには敏感に反応した。車からあきらかに銃と火薬の匂いを感じとった。コルトは跡を追って地下駐車場に走った。  二台のワンボックスカーからそれぞれ二人づつ、四人の作業着姿の男が降りて来て、一台の車内から荷物を下ろして行く。その一台の運転席には男がもう一人、四人の動きを悠然と眺めている田所真也がいた。コルトは柱の影から様子を伺う。台車を二台下ろし、そこに下ろした荷物を積んで行く。小型の掃除機などに混じり、大きめの道具箱が下ろされ始めた。そして、四人は最後に肩から武装兵士顔負けの小銃や弾薬ベルトを付け始めた。  美咲の呼びかけの無線に気がついたのはその時だった。 「コルト、聞こえてる? 今はビショップも欠いてるのよ、単独行動は駄目!」 「その心配は無用だぜお嬢。今、民生党本部の地下駐車場だ。念のため滝光に連絡を取って本部内の人間を避難させるように言ってくれ。銃で武装した集団のお出ましだ」 「なんですって!?」 「こっちは心配するな、ものの数分で制圧だ。とりあえず上は頼んだぜ」  コルトはそう言い残し美咲との通信を切った。  四人の武装集団が準備を終え、地下駐車場から議事堂本館への地下出入口に向かった。ここでも警備員の検問所がある。一人が検問所の窓に近づくと愛想笑いを浮かべた。応対した警備員は男の背後の三人が銃で武装していることに気づいた。一瞬悲鳴を上げそうになる。 「害虫共のお出ましか」  全員が声の方を向いた瞬間にコルトは既に武装集団の一人に飛びかかって地面にねじ伏せていた。一人が慌てて小銃をコルトに向けて連射したが、既にコルトは的から消えており、代わりに地面にねじ伏せられていた一人が銃弾を浴びて蜂の巣になった。残った三人の武装集団は銃を構えながら散りじりに分散する。三人は消えたコルトの姿を必死に探した。 「降伏するなら今のうちだ。生半可な覚悟で攻撃してくるなよ、血の海で溺れることになるぞ」  声のした方角に一人が銃口を向けた。その瞬間、向けられた銃口とは別の角度からコルトが襲いかかり、男は勢い余って天井に一発発砲したままその場でコルトにねじ伏せられた。男の喉元に牙を立てる。他の二人が走って来て銃口を向けた。 「撃ってみるか? 言っとくが俺の体はその程度の弾ははじき返すぞ。外れ弾は全てこいつが受け止めることになる」  銃口を構えた二人はお互いに顔を見合わせると、薄笑いを浮かべすんなりと銃口を下ろした。コルトはその態度に妙な不信感を抱いた。駐車場内が賑やかになって来た。警官隊、機動隊ロボットたちがやって来たのだ。銃を構えながら滝光も走って来た。コルトが押さえつけていた男や他の二人を機動隊ロボットが連行して行く。一人は不敵に笑いながらコルトに向かって中指を立てている。 「大丈夫か? コルト」 「館内の連中は避難させたか?」 「ああ、全員避難完了だ」 「こいつらあっさり投降しやがった。おかしいと思わないか?」  背後のワンボックスカーに目を向けるコルトと滝光。ワンボックスカーに向かった。滝光は荷台に回り込み、中を覗いて絶句した。 「コ、コルト、これは……」  鎖に繋がれて伏せていたのは鋭い眼光を向けている三体のアンドロイド犬だった。しかも、その三体はベストの様な物を身体に纏っている。配線が見える事からコルトは直ぐに何らかの爆発物だと認識した。 「んっ、お前が例の公安の飼犬か?」  一体がコルトを見て言葉を発した。三体は不敵な笑みをコルトに向ける。  滝光は驚きのあまり構えた銃を持つ手が震え言葉にならなかった。そして、運転席で迷彩柄のジャンパーを着てサングラスをかけている田所はバックミラー越しに滝光とコルトを見た。その助手席にいるのはあの雷電だった。 「雷電……。そうか、これで合点がいったぜ。白井光三郎本命の操り人形はお前らか。もやもやしていた点と線が繋がったよ」 「公安のアンドロイド犬ってのはオマエか……。確か気性の荒いヤツと頭が冴えてるヤツの二体と聞いてるが、オマエは気性の荒い方か?」 「き、貴様、手を上げておとなしく投降しろ!」  滝光は怯えながらも銃を向けて構え直した。 「手が震えてるぞ、特捜の捜査官さん」  田所はそう言うと、今度はシートに肘をかけて後ろを振り返る。 「とりあえずそこの番犬を残して場内にいる人間を全員出て行かせろ。さっき捕まえた三人はくれてやるよ」 「フっ、なるほど、そういう事か。面白え」  コルトはニヤリと笑う。 「滝、お前は場内にいる全員と一緒に逃げろ」 「に、逃げろ、って」 「奴の横にいる一体はオレと力量は大差ない奴だ。そんなチャチな銃じゃ通用しないって事だ」 「し、しかし……」 「いいから急げ!」  コルトは滝光にそう促した。滝光は後退しながら駐車場内にいる警察関係者全員に避難するよう叫んだ。走りながら美咲に緊急の連絡を入れる。 「先輩、大変な事態が!」 「今そっちへ向かってるわ。コルトは?」 「ヤ、ヤバいです! とにかく至急こっちへ!」  滝光の動揺は尋常ではなかった。美咲はアクセルを踏んでスピードを上げた。  静まり返った駐車場内。田所はまだ運転席に座ったままだった。ワンボックスカーの後部スペースにいる三体のアンドロイド犬たちとコルトは睨み合いを続けている。 「オイ、なぜこいつらの鎖を解かない?」  コルトは運転席の田所に呼びかけた。田所はバックミラーでコルトをチラっと見た。 「慌てるな、そう死に急ぐことは無いだろ。オッと、そうか、お前に『死』という感覚はわからんか。もう一匹いるって話しだったが、木内と一緒にショットガンでお釈迦になったか?」 「やかましい、こいつらの鎖を解かないなら俺から行くぞ。自由の利かない連中を殺るのは気がひけるがな」  田所はコルトの言葉を聞いて笑い出した。 「言うなー、噂どおりだ。いや、番犬呼ばわりしたのは謝ろう、悪かったな。うちの雷電と良い勝負になりそうじゃないか、なあ、雷電」  雷電は黙ったままだ。 「謝るのはこいつらがお釈迦になってからにしろ!」  我慢の限界に来たコルトは、三体のアンドロイド犬がいる後部スペースに飛び込んで行った。コルトは一番奥にいる自分と同じ黒い体毛に覆われた一体にまず襲いかかった。両前脚で抱き込むようにして押さえつける。 「なるほど、感も鋭いなー。当たりだ、そいつが三体の中のボスだ。まずボス格を潰す、戦い方を知ってるな。ますます気に入ったよ」 「ふざけるな! ボス格はテメエの隣でのうのうとしている白ウサギじゃねぇのかい?」 白ウサギ、というコルトの挑発にも雷電は平然としていた。 「野郎、どこまで気取ってやがる、雷電!」  そしてコルトは気づいていた。押さえつけた相手が反撃をしてこない、抵抗する様子もないのだ。されるがままだった。他の二体も全く反応していない。コルトは一体を押さえ込んだまま視線だけ運転席の田所に向けた。 「なぜこいつらは抵抗しない?」  田所はコルトの言葉に再び笑って答えた。 「こいつらはオマエや雷電とはちょっと違うのさ。言葉は喋るが基本的にはコンピュータ制御のアンドロイドだ。こっちからアクセスしないと永遠にそのままだ。お前やこの雷電みたいに自らの判断で動かない、そこが唯一お前らと違う点だよ。いわゆる出来損ないってやつさ」 「ならばサッサとアクセスをしろ! それとも雷電、お前が相手をするか?」 「まあ、待て。俺はお前と殺り合うためにここに来たわけじゃない。目的は他にある。まずは取り引きからだ」 「取り引きだと?」 「お前さんの仲間のベテラン刑事が捕らえられているのは既に連絡が入ってるだろ? 捕らえているのは俺を雇っている連中だ。今回は二つの依頼を請けた。そのひとつの依頼がお前と仲間の刑事の身柄交換だ。だがお前を見て考えが変わった。どうだ、俺と組まないか? 雷電とオマエだけでもかなりの武器になる。仲間の刑事は俺が責任を持って救い出してやるぜ。シナリオ変更だ、腐ったこの国を立て直すために俺たちに力を貸せ!」
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