第8話 【機械仕掛けの猟犬たち】

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第8話 【機械仕掛けの猟犬たち】

 夜になり民生党本部周辺は既にマスコミや報道関係者が集まり出し、周囲は交通規制や厳戒態勢が張られた。地下駐車場への入口は封鎖され、検問所の詰所付近には所轄の刑事たちが集まり常駐警備員数人から事情を聞いていた。滝光の姿もあった。美咲は車の中から滝光に呼びかけた。滝光が美咲に気づいて走り寄って来る。 「先輩!」 「滝くん、コルトは?」 「駐車場内に。しかも、集団が乗りつけて来たワンボックスカーの中に四体のアンドロイド犬が!」 「四体の? 他に手がかりは?」 「犯人が入管する際に書いた会社名が……」  滝光は美咲に入館者用紙を差し出した。 「株式会社ユナイテッド……」  美咲は直ぐに本部の志垣に連絡を入れた。 「冬馬さん、〈ユナイテッド〉って名前を調べて、大至急!」  直ぐに冬馬が返答して来た。キーボードを叩く音が聞こえる。 「〈ユナイテッド〉、最近ネット上で話題になってる反政府主義を掲げた集団……だが実態は不明って感じだね。ただ、田所真也、この男が中心メンバーで間違いなさそうだ」  一人の東洋人が迷彩服を着て銃を手に他の外国人兵士達と記念撮影に納まるまだ若い当時の画像が美咲の携帯端末機にトレースされる 「こいつは海外の紛争地域に傭兵として頻繁に参加している経歴がある」 「田所真也……」  その時、無線に割り込んで来た通信、ビショップだった。 「お話し中悪いな、お嬢」 「ビショップ?」 「今、黒さんの救出にヘリでマミヤ・コーポレーションに向かっている」  無線の向こうでヘリの操縦桿を握っている播磨が興奮を抑え切れず叫んでいる声が聞こえる。 「本庁にも応援要請をマミヤに向かわせた。お嬢はコルトの方を頼みます」 「わかった!」  美咲はそう答えるとギアを入れ車を急発進させる。滝光が誘導するかの様に地下駐車場入口に走り、封鎖にあたっている警察官らを退かせる。 「滝くん、あなたはここで連絡を待って!」  そう言い残して美咲が運転する車は地下駐車場の螺旋通路に消えて行った。 「この国は変革が必要だ。虚飾にまみれ、私腹を肥やして腐り切った官僚や政治家どもはお前の目にどう映る?」  田所の言葉には感情と憤りが込められていた。コルトはもはや全く抵抗しない田所のアンドロイド犬と組み合うのを止めていた。 「フン、どうも映らんね。俺にとっちゃ人間は皆同じだ」  吐き捨てるように言うと、コルトはワンボックスカーの荷台から飛び降りた。 「良いことを教えてやる、既にアジア諸国で紛争が始まっている事を知っているか? 革命は始まったんだ。そして、この国で革命をおこすことは容易だということもな。誰もがアクションを起こさず政府のやり方に不満を抱えながらも声をあげることすらしない。世界的に見ても操り人形になりやすい国民性がこの国の実像だ。俺たちは変革のための起爆剤さ」  田所は訴えかけるように論じた。 「良く考えろ、国に飼われたままの番犬で終わるか、荒野を走る猟犬となるか、お前次第だぞ」  運転席の田所は窓から後方にいるコルトへ向かい呼びかける。静かだった地下駐車場内に猛スピードで美咲の車が入って来た。ワンボックスカーを見つけた美咲は距離を置いて車を停めるとドアを開け銃を構えた。 「仲間の到着か……」  美咲は銃を向けながらワンボックスカーとの距離をじりじりと縮めて来る。その様子を見ながら田所はもう一度コルトに話しかける。 「残念だな、お前ならきっと良い猟犬になれたろうに」  田所はそう言うと無線を手にして一言囁いた。 「巻矢か? アクセスを頼む」  数秒後、ワンボックスカーの荷台の中で三体のアンドロイド犬を繋いでいた鎖が外れた。三体のアンドロイド犬が飛び出して来た。が、コルトには目もくれず三体は地下駐車場から本部内入口通路を突破して本部内へ侵入した。 「お嬢、ここは任せた!」  コルトは三体の後を追うが、コルトを追尾するかのようにワンボックスカーの助手席から飛び出した雷電がコルトを追いかける。それぞれが建物の中に姿を消した。美咲はその様子を目の隅で追いながら運転席の田所に銃口を向けたまま近づいた。 「公安局特捜課よ、そのまま動かないで!」  美咲の声を無視するかのように田所は運転席のドアを開けて外に降り立った。 「動くなと言ったはずよ! 後ろを向いて車に手をつきなさい!」  苦笑しながらも田所は言われたように後ろを向いてワンボックスカーに手をついた。 「侵入していったあの三体はどこへ向かったの? 何をするつもり?」 「それぞれが配置に着けばそれで終わりだ、もうすぐわかる。それより、追っていったあんたのところの飼犬を止めなくていいのか? あいつを破片にするのは惜しいと思うがね」 「一連の自爆テロはあなた達の仕業ね」 「そう、だが安心しろ。これで俺たちの仕事も終わりだ」  美咲は田所に銃口を向けたまま、インカムでコルトに呼びかけるも反応は無かった。  本部内に侵入した三体はロビーから開かれたエレベーターにそれぞれが乗り込んだ。予め何者かがエレベーターをリモート操作している。エレベーターのドアが閉まると雷電が立ち塞がった。 「オマエを行かせるわけにはいかん」 「あいつらはどこへ行く気だ? 体に巻いた起爆装置はまさか……」 「これはあいつらの任務だ」  コルトは踵を返し非常階段の方へ走り出した。雷電が跡を追う。  最上階。屋上へ出る扉が開いている。コルトが屋上に出るとそこに例のボス格のアンドロイド犬が指令を待つかのように立っていた。コルトに気づき、一度振り向いたが何も見なかったかのように虚空を仰ぎながら呟いた。 「お前の名前は?」 「……コルトだ」 「コルト? そうか、オマエが……。噂では耳にしたよ。あの研究所最強のS型ってのはオマエさんだったのか。川本博士から良く聞かされた。俺はS1とか言う名前で人間たちに呼ばれていた」 「川本博士? 生きてるのか?」 「ああ、少なくとも俺たちが研究所を出た時は……ただ、あの研究所は閉鎖された筈だ、俺たちがあの研究所最後の出荷マシンだ」  S1と名のったその一体はもう一度コルトに振り返って言った。 「最後にあんたに会えたのが救いだ、こんな形で出会わなければまた俺たちの生き方も違ったかもな……これが宿命だ」 「無駄死にするな、今からでも遅くはない!」  S1をコルトが説得している時、背後からコルトを追って来た雷電が割って入った。 「邪魔をするな! 雷電」 「オマエこそ、だ。これは奴らの宿命だ。任務を全うさせてやれ」 「宿命だ? 笑わせるな! 俺が感傷的になるとでも思ったか!」  コルトは雷電に挑みかかった。それを雷電が交わすと読んでいたコルトは、その勢いのまま正面に立つS1の首に食らいついた。S1は抵抗をしない、それがコルトを余計に逆上させた。 「なぜだ、なぜ抵抗しない! 少しは抵抗する姿勢をオレに見せろ!」  コルトは食らいついたS1を身体ごと左右に振り回した。 「無駄だと言ったろ、そいつらはオレたちとは違うのさ」  雷電が冷ややかに言った。コルトは雷電の言葉に反応するかのように一度動きを止めた。 「違わねえさ……既にこいつには感情が備わってる。オレたちと同じだ」  コルトはそう呟き、再びS1を振り回し始めた。 「悪く思うな……これが俺にとっての任務だ!」  コルトの牙がS1の首を咥えたまま体ごと地面に叩きつけると首の付け根を粉砕し切断した。その様子はまるで機械仕掛けの壊れたオモチャの様だった。  一方、地下駐車場……。 「直ぐにやめさせなさい!」 「それは出来んな。これまでも何度かあんたらには邪魔をされた」  美咲は田所の後頭部に銃を突きつけながら手錠をかけようと腕を掴んだ一瞬、田所は逆に美咲の腕を掴んで美咲を車体に叩きつけた。直ぐに立場が逆となり美咲を抑えつけて銃を持った美咲の右腕を後ろ手に締め上げる。美咲はたまらず手から銃を落としてしまった。が、美咲も左腕の肘を田所のアゴにヒットさせ怯んだ隙に体制を入れ替えた。  振り向いた田所の顔面に拳を叩き込むが田所はスウェーバックしてそれを交わした。美咲は直ぐに地面に落ちた銃を拾おうとしたが、田所の足が顔面を捉え美咲は背中から地面に倒れた。ただの格闘技を身につけた人間ではないと美咲は直感した。軍隊仕込みの実戦に長けている、やはり傭兵あがりの男だ、と。  田所はジャンパーの懐から既に自分の銃を抜いて美咲に向け躊躇いなく美咲の右足を狙い撃った。悶絶する美咲のジーンズから血が流れ出す。田所は美咲の落とした銃を拾いあげると車に戻った。運転席の無線から声が響いている。 「どうした?」 「巻矢です。S2とS3は配置完了したが、S1からの信号が途絶えている」 「……わかった。もう少し待て」  田所はその足で本部内に入って行く。エレベーターで屋上に向かい最上階に着くと屋上で転がったS1の粉砕された姿を目にした。近くまで行きS1の状態を見つめた。体内から起爆装置の部分が抜き取られている。  辺りを見回すと、大きな貯水槽タンクの上で睨み合うコルトと雷電の姿が田所の視界に入って来た。  コルトはS1から抜き取った起爆装置をくわえていた。 「そいつをこっちへ渡せ」 「オマエがS1の代わりになるのか?」 「そうだ。奴らが任務を遂行出来なかった場合、オレが役目を果たすことになっている。最も、オレは奴らの様に自爆はしないがな」  不敵に笑う雷電。その光景を見ていた田所は携帯電話を取り出した。番号を押す。 「巻矢、S2とS3にチェックメイトだ」  その数秒後、階下で爆発音が二度続いて、屋上にも振動が伝わって来た。コルトは貯水槽タンクの上から下にいる田所に目を向ける。田所はコルトに向けて親指で喉元を掻き切るようなジェスチャーをして嘲笑った。 「……どうやら他の二体は無事に役目を終えたようだ。さあ、起爆装置を渡せ、コルト」 「……」  雷電の言葉に一瞬黙ったコルトだったが、起爆装置をゆっくりと口から貯水槽タンクの床に置いた。それを雷電が素早く奪い取りに来た。次の瞬間、コルトは向かって来た雷電の背中にジャンプすると、弾みをつけて貯水槽タンクの下にいる田所に襲いかかった。田所は勢いにまかせコルトに向けて銃を乱射したが無駄だった。コルトは田所をねじ伏せるつもりだったが、田所はコルトを投げ飛ばした。体を宙で捻ったコルトは綺麗に着地した。 「荒野を走る猟犬だと? 結局お前は奴らを道具扱いじゃねえか、ふざけるんじゃねえー!」  再び田所に挑みかかろうとするもまたもや雷電が間に割って入る。雷電は奪った起爆装置を田所の側に置いてコルトに向き直る。 「相手を間違えるな。オマエの相手はオレだ」  雷電はそう言うとコルトに飛びかかった。二体は牙を剥いて激しく絡み合う様相を呈した。田所は二体を横目に起爆装置を拾い上げその場から立ち去ろうと背を向ける。コルトは田所を追おうとするがしつこいくらいに雷電に行くてを阻まれてしまう。コルトの苛つきは頂点に達していた。  屋上から去ろうとした田所を、扉から入って来た滝光が銃を構えて立ち塞ぐ形になった。 「動くな、手をゆっくり上げろ」  滝光を見た田所はやれやれといった感じで溜息をついた。その表情には苦笑いを浮かべ余裕すら窺える。 「フン、威勢だけは良いようだな。良かろう、さあ、捕まえてみせろ」  田所は腕を上げた。その手には起爆装置と拳銃。田所はニヤリと笑った。その瞬間、左手に持っていた起爆装置を滝光に向けて放物線を描くようにゆっくりと放った。滝光が一瞬怯んだ隙をついて田所は滝光に突進する。起爆装置と田所が眼前に迫り、滝光は判断が鈍った。勢い余って銃を発砲するが空を切る。田所は放った起爆装置を自ら左手でキャッチすると右手に持った拳銃のグリップを滝光の顔面に叩き込む。 「ぐわっ!」  衝撃で滝光の口から血飛沫が飛んだ。すかさず田所は滝光のみぞおちに膝蹴りをみまう。滝光は身体を九の字に曲げ、口から胃の内容物を嘔吐しながら倒れ込んだ。  田所は倒れた滝光の顔面を煙草を揉み消すように足でギリギリと踏みつけた。その右足を滝光はがっちりと掴んだ。田所はさらに滝光の顔面を空いている左足で容赦なく蹴りあげる。そして、繰り返し何度も滝光の腹部に足蹴りをみまう。滝光の口元から潜血が流れ出る。 「フン、力も無いくせに一丁前に権力の肩書きだけぶら下げたおまえみたいな若僧にはヘドが出る」  その顔には冷酷さが漂っていた。田所は掴まれた右足元に拳銃を向け、躊躇なく撃った。弾は滝光の左手を貫いた。苦悶の表情を浮かべた滝光。ようやく左手が田所の足から離れた。 「雷電、後はまかせたぞ」  田所はそう言って屋上から姿を消した。
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