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七月。
梅雨の忘れ物のような豪雨が昼にあがり、それでも下校の轍に残る大きな水溜まりを、俺は大股で跨いで帰っていた。
家の前まで着いて、道路をはさんだ向かいの平屋の前で、アタルを見つけた。
アタルが、家の前で蹲っていた。
その姿は上下の下着だけを着た言わば裸同然の姿で、中空の湿気を冷ました夕闇に小さな身体をがたがたと震わせていた。
「どうして……こんな……」
俺の声に気付いたアタルが、膝の間に埋めていた頭を上げる。汚れ切ったその顔は生気を感じられず、虚ろな目だけが揺れていた。
気付くと俺は、考えるよりも先にアタルを抱き締めていた。
「アタル……」
数日前から、アタルは学校に来ていなかった。風邪でもひいたのか。俺も含めクラスが皆はじめはアタルを気にしていたけれど、欠席は二日、三日と続いていく。空席は風景になり、アタルの普段の存在感の如く誰も気にしなくなっていた。
俺だけは、気付くべきだった。
家の窓から見えるアタルの家は、夜でも灯りは点いていなかった。
普段からそんな日も多くて、俺はその状況に気付けなかった。具合が悪いから寝ているのかもしれない、そんな風に簡単に考えていたような気がする。今思うと親が、風邪をひいた我が子を看病せずに家を空けるのは普通では考え難い。
どうして俺は、気付けなかった。
クラスメイトじゃないか。
苦しむ誰かを、俺は守ると決めたじゃないか。
きっとアタルは
母親から育児放棄されている。
「カササギ……」
俺の腕の中で顔を上げて、アタルは俺の名前を囁いた。
怯えた声は次第に嗚咽に変わり、俺はアタルの頭を撫でた。
酸いた匂いのする下着姿を、俺は友達の誰よりも長い腕で包んだ。
もう大丈夫。守るから。
俺がアタルを守るから。
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