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『次は××駅、××駅』
電車のアナウンスが流れる。
いつもこの時間の電車はうめき声が漏れるほど混んでいて身動きが取れない。
「……?」
僕の左斜め前の女子高生の様子がおかしい。
彼女がいるのは出入り口のそば、椅子の脇の手すりで出来た三角地帯だ。
少し広くて楽な場所のはずなのに、その女子高生は何とか体を動かそうともがいているように見えた。
「や、やめて下さい……」
ちいさな声が僕にも届いた。彼女の目から涙がこぼれそうになっている。
(あ、痴漢かな?)
僕はその女子高生を助けようと思った。
けれど、満員電車の中では自由に動けない。
とっさに、僕は叫んでいた。
「さわるんなら、僕の尻をさわれ!」
車内がザワついた。
「……」
僕はちょっと後悔した。もう少し言葉を選べば良かった。
女子高生が驚いたような表情で僕の方を見ている。
『次は○○駅、○○駅」
「……」
女子高生は僕の顔を見て、ちょっとお辞儀をしてから電車を降りた。
車内には微妙な空気が残された。
僕は次の駅で降りると、ため息をつく。
「がらにもないことするんじゃなかったかな……」
僕は少し震えてる手を握りしめて学校に向かった。
翌日。
なんとなく昨日の女子高生と会いたくなかったので、僕は一本前の電車に乗った。
すると、そこには彼女の姿があった。
「……」
僕はお辞儀だけして離れようとすると、彼女の小さな手が僕の制服の袖を引っ張った。
「あの、これ、お礼です……痴漢……助けてくれて……」
女子高生は思い出し笑いをこらえながら、イチゴ味のポッキーを僕に渡した。
彼女は俯いていたけれど、小さな肩が小刻みに震えている。
「……あざす」
僕がそれだけ言って軽くお辞儀をした。
すると、彼女はふーっと息を吐いてから、にこりと笑った。
……はっきり言ってすごく可愛い。
彼女の隣に立つことになってしまった僕は、目を背けたままポッキーを握りしめていた。
『次は○○駅、○○駅』
「それじゃ、失礼します」
「……ども」
彼女は早足で駅の階段を上っていった。長い髪が背中で跳ねている。
僕は次の駅で降りて学校に向かった。
「よ! モテてたじゃん、真」
「なんだよ、蒼。見てたのかよ。ったく、そんなんじゃねえよ」
蒼は僕の手を見ていった。
「あ、いちごポッキーじゃん。ちょっとくれよ」
「……これは、ダメな奴だ」
「は?」
僕は蒼のことを無視して、鞄にイチゴ味のポッキーをしまった。
授業はいつも通り、淡々と進んだ。
昼休みに、貰ったイチゴ味のポッキーをあらためて見直した。
そのパッケージには、綺麗な文字で『ありがとう』と書かれていた。
「真、何見てるの?」
「!? ……なんでもない」
食べかけのポッキーを飲み込んで、僕は蒼から目を背けた。
「何? もしかして痴漢にあってた彼女から貰った?」
「!!」
僕の顔が赤く染まるのが自分でも分かる。
「あ~、とうとう真も彼女もちかよ」
「……そんなんじゃねえって」
ポッキーを一本、蒼に渡そうとしたが、蒼は笑って受け取らなかった。
「真の青春の味をうばったりしたくねえし」
「うるせー」
僕は蒼のお腹をくすぐった。
蒼は笑って立ち上がり言った。
「上手くいくと良いな、真」
「な、なにがだよ!?」
「……恋?」
僕は自分の頭に一気に血が上る感じを覚えた。
「まっ赤だぜ、真」
「……うるせー」
僕は残りのイチゴ味のポッキーを乱暴に口に運んでボリボリと食べきった。
「もうちょっとちゃんと食べないと、もったいなくね?」
「……いいんだよ」
そう言って僕はポッキーの箱を鞄にしまった。
その日から、朝の電車は彼女と一緒になるようになった。
「おはようございます」
「……っす」
特に会話は無いけれど、彼女の制服が県立女子の物だということは分かった。
「それじゃ」
彼女は電車を降りるとき、僕に手を振ってくれるようになった。
「じゃ」
僕は不器用に笑って、手を振り返した。
空っぽになったイチゴ味のポッキーの空箱を机の脇に飾っているのは、誰にも内緒だ。
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