第一話 水揚げ

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「それじゃあみんな揃ったな、いただきます!」 いただきます!の大きな声が広がった。 「ねえ、モエ姉ちゃん」 ん? 引っ張ったのはマイ(麻衣)。志村さんとクリンの間にできた女の子。 ジル兄ちゃんがおかしいという。 そうかな? ほら、寝てるよ? 本当だ、お兄ちゃん、と隣に座るリルを引っ張った。 ん? 隣を指さした。 「ジル、眠いのか?」 ん?あ? 「飯こぼす」 「ああ、ごめん」 眠いんだったら寝ろというのは師匠だ。 「ジル、具合でも悪いの?」 「大丈夫、明日のことで眠れなくて」 「まったく、飯はイイから少し寝てこい」 ん?うん。 ほら、寝て来いよ。 うんと立ったのはいいけどふらふらしてる。 師匠が立ち上がると、ジルを抱えていった。 「クリンどうかしたの?」 クリンは笑いながら、明日のことを考えすぎて熱が出たみたいね。そう言っていた。 「あんまり楽しみにしすぎて興奮したんだな」 「ササ、大丈夫なの?」 平気、子供の内は誰でもなるんだよ。 「私も?」 「うん」 「兄ちゃんも?」 たぶんな。 ジルは志村さんについてサウザンドアイランド島へ行くことになっている。リルにも行くかと聞いたが、彼は妹のモエちゃんと島にいる選択をした。 「あの後寝たか?」 師匠に言われ、朝起きるまではぐっすり寝たはずだと答えた。 佐々木君も夢を見たと言っていたけど、怖い夢でも見たか? 俺は師匠に、あの日の夢を見たことを話した 奴隷で買われた家は農家だった。 旦那様も奥様もいい人で、俺は坊ちゃんの相手をするように言われていた。 大きくなるうちに、俺は坊ちゃんから離れ、坊ちゃんには家庭教師が付き、俺は姉ちゃんから、下働きの事を教わった。 仲間もいい人たち、周りの大人もいい人たちばかりで、俺たちはつらいだとか、逃げ出したいだとか思う事はなかったんだ。 それがあの日。 買い物をしてかって来ると、誰もいない。 いつもならだれかがいて、声をかけるのに、誰もいないんだ。 屋敷の中に入るといつもなら、ジル―と言って駆け出してくる坊ちゃんの姿がない。 しんと静まり返った屋敷の中で、姉ちゃんが大人達の名前を呼んでいる。 キャー! 姉ちゃんが買い物袋をほおり投げた先には…。 真っ赤に流れた物は川の様になっていた。 倒れている人に駆け寄り声をかける姉ちゃん。 一人二人じゃない、俺はただそれを見るだけで、体が動かなくて。 姉ちゃんは泣きながら大声でみんなの名前を呼んでいるんだ。 俺は外へ駆け出した。 畑に行けば…。 でもそこで目にしたのは。 緑色の麦があちこち色がついていた。 走り寄ると倒れている人たち、声をかけてもピクリともしない。 「ジル!ジル―!」 姉ちゃんの声に屋敷に戻った、走って、走って、そこには。 「ボ、坊ちゃん?」 倒れているのは、もう声も出さない人…。 「旦那様、旦那様しっかり!」 真っ赤になった姉ちゃんが、旦那様の手を握っている。 俺の足もそっちへ向かった。 旦那様の声は大きくて畑にいてもよく聞こえていたでも今は、か細い声で、俺を見ると、ジルと手を伸ばしたからしっかり握ったんだ。 「ジル、生きろ」 にっこり笑った旦那様の顔、それが最後だった。 「旦那様―!」 体が揺れる、兄ちゃんと言う声に目を開けた。 「兄ちゃん?」 「カズ、どうした?」 「兄ちゃん、泣いてる」 俺?体を動かそうとしたら、顔を冷たい物が流れた。泣いていた? 「とうちゃまにないないしてもらう?」 「平気、トイレに行く?」 うん。連れていくと、うーさむさむと言ってきた師匠だった。 「そうか、夢を見たのか?」 その後手を洗って、眠りが浅いからだなと師匠は甘酒をくれた、みんなには内緒って言って。カズもほしいというので、師匠はスプーンで上げた。 「あったかいものはそれだけでごちそうだというのを知ったんだ、あの後はおきるまで何もなかったよ」 そうか。と言って師匠はベッドに俺を寝かせるとおでこに手を置いて、耳の後ろをさわった。 「熱があるな、少しでいいから気にしないで寝ろ、薬は」 「ああ、いい、苦いから」 「そうか、じゃあこのまま寝ろ」 うん。 師匠が出ていった。 下からは声がする、みんなの声。 俺は暖かい布団の中で寝たんだ。
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