肆 清水と宿

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肆 清水と宿

 バスで移動している間にひよは眠ってしまった。大した距離ではないが、無事に俺と合流できて安心したからかもしれない。外見も内面も幼い子供のように見えるが、これでも俺の何倍も生きているのだろう。  添乗員さんの案内で日の傾きかけた清水寺を歩く。門前の通りにも人がたくさんいたが、境内も同様だ。閉門まであと少しだというのに、まだまだ人の動きは収まりそうにない。 「おおー、これが清水の舞台ってやつか!」 「飛び降りるなよ」 「飛び降りないよ! 危ないだろ!」  喧騒に押し流されながら階段を下りて行くと、音羽(おとわ)の滝が見えて来た。三本の滝でそれぞれご利益が違うと言われているらしく、中央のものが恋愛成就なのだと女子達が騒いでいた。恋愛ごとに関心のない女子もいれば関心のある男子もいるだろうが、中央の滝を目がけて進んでいくのは女子ばかりである。 「日和ちゃん、あれが音羽の滝だって!」 「真ん中が恋愛成就らしいよ」 「そ、そうなんだ! ……真ん中か」  どうやら美幸は滝に突撃しに行くらしい。 「朝日様は向かって左の滝は必要ない方ですか?」  いつの間にか目を覚ましたらしいひよが肩に乗っていた。器用なものである。 「左は学問の滝だそうですよ」 「……ふむ。栄斗、左の滝は学業成就らしいぞ」 「え、そうなのか! よっしゃ、俺も行くぞ!」  左右の滝が目当ての生徒もいるので滝の前は大変な混雑である。その中に栄斗は突っ込んで行った。わくわくといった感じの美幸が中央の滝の水を掬い、同行した日和がそれを見守っている。二人が列を逆走して戻って来る頃、ようやく順番の回って来た栄斗がこちらから見て右側の滝に手を伸ばす。 「右側は健康の滝です。あちらから見ると左右逆になるので、間違える方も少なくないそうです」  ……栄斗、健康な暮らしを送ろうな。プラシーボ効果というものもあるかもしれないので本人には黙っておこう。  門前の店で夕食を食べ、一日目の予定はすべて終了した。そうして星影高校二年生一行はホテルへと到着した。温泉旅館というわけではなく普通のホテルなので大浴場などはない。 「晃一ぃ、俺先に風呂入っていい?」 「いいよ」  栄斗は準備を済ませると浴室に入って行った。栄斗が出たらすぐに入れるように準備しながら、俺はテレビを点けた。知らないアナウンサーが知らない町の話をしている。  遠くまで来たのだな、俺達は。  旅行はいい。地元ももちろん好きだが、旅先の非日常感はやはりいいものだ。明日以降も楽しみだ。
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