肆 清水と宿

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「朝日様、ぼくはもう少ししたら眠る予定ですが何か訊いておきたいこととかありますか」  ホテルの売店で買ってやったお菓子を貪っていたひよが顔を上げた。食事は紫苑と比べるとあまり必要ではないそうだが、子供なのでお菓子がほしいのだそうだ。「大きくなりたいのでご飯もたくさん食べます」と言っていた。必要かどうかと食欲の有無はイコールではない。  俺はひよの横に並んでソファに座る。浴室まで声は聞こえないだろうが、一応テレビは点けたままにしておこう。 「ひよが初めて会った時、紫苑はどんな感じだったんだ」 「あの時は……。あの日、ぼくはお母さんの仕事に付いて行って、途中ではぐれてしまって、迷子になってしまったんです。こんなに小さい頃だったので、不安で不安で」  そう言ってひよは人差し指と親指で「このくらい」と大きさを示してくれた。指の間は三センチ程度である。さすがにそこまで小さくはないだろう。生まれたてのヒヨコでもそれよりは大きいと思われる。 「ぴよぴよ泣いてたら声を掛けられたんです、『そこの子供』『どうしたのですか』って。ぼくの姿が見えている人。神使かもしれないし、妖かもしれないし、人間かもしれない。誰だろうって顔を上げたら、そこにはすごく綺麗な男の人が立っていたんです。でも、ただのカラスでした。辛うじて人の形を真似することができているだけの……」  食べ終わったお菓子の袋を綺麗に畳んで、ひよは軽く目を伏せた。 「冷たい表情の人でした。……いや、寂しそうな感じの人でした。事情を話したらお母さんの行先の神社まで連れて行ってくれたんです。ぼくが『ひよ』と名乗ったら、彼は少し迷ってから『紫苑』と名乗ってくれました。たぶん、ぼくの身元が分かって、実名を名乗りたくなかったんだと思います。神社に着いたらぼくの手を離して、すぐに立ち去ろうとしてて。でもお母さんが呼び止めたんです、『神使の方なのではありませんか』って。紫苑様は詳しいことを話さなかったし、お母さんにもどこのカラスなのかなんて分からなかったんですが、『妖ではなく神使なのは確か』だって。それで……。手を繋いで歩いている間にぼくが懐いてしまったから、滞在中相手をしてやってほしいってお母さんが頼んだんです。えへへ、たくさん遊んでもらいました。小さなぼくがはしゃいでいるのを見て紫苑様はちょっぴり笑っていたけれど、それでもやっぱりどこか寂しそうな、悲しそうな、くたびれたような、そんな感じでした」 「晴鴉希命(はるあけのみこと)だと気が付いたのは」
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