肆 清水と宿

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「伊勢に帰る時です。一緒に来てたニワトリがふと思い付いて訊ねたら、紫苑様は躊躇いがちに答えてくれました。ぼく、びっくりしてしまって。噂に聞いていた憧れの人が目の前にいて、そして、聞いていた話と全然違っていて……。その後も何度か会いましたけど、やっぱり寂しそうな人でした。よくない事件があったってことは後から聞きました。『私は憧れの対象にはふさわしくありませんよ』って紫苑様は言ってたけど、ぼくはあの人にずっと憧れていたので、今も変わらずに憧れ続けています。ふふ、このフォーマルな衣装もあの人を真似して……」  小学校の制服を模した服を自慢げに見せつける。なるほど、その格好は紫苑への憧れから来るものだったのか。 「ぼくが知っているのはこれくらい……。紫苑様から任されたお仕事、頑張ります。必ず朝日様のお役に立ちますから」 「あんたのやりたいようにのびのびやってくれればいいよ」  昔妹にしてやったように、ひよの頭をそっと撫でてやる。俺より年上でも、子供であることには変わりない。仕事のことばかりを考えさせるよりも旅を楽しませてやりたい。  小さなヒヨコは大きな目を少し見開いてから、嬉しそうに頭上の俺の手を取った。 「なんだかお兄ちゃんができたみたいです!」 「そうか」 「朝日様、明日も素敵な日になりますように。おやすみなさい」  ひよは俺から手を離すと、ヒヨコの姿になってソファの上で丸くなった。そして数秒後にヒヨコは目を閉じて動かなくなってしまった。眠るのが早すぎる。栄斗に潰されてしまわないように、俺はヒヨコを自分のベッドの枕元に置いてやることにした。 「おやすみ、ひよ」
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