壱 下鴨に舞う翼

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壱 下鴨に舞う翼

 修学旅行二日目。旅先で迎える朝。放っておくと朝食の時間に遅れそうな栄斗を叩き起こすところから俺の一日は始まった。ひよは俺よりも早く起きており、俺が目覚めた時には既に身支度を整えて待ち構えていた。ニワトリの朝は早い。  俺達の班の自主研修の主な内容は寺社仏閣をいくつか回ることと、扇子の絵付け体験をすることである。何らかの体験をしてみたいという美幸の提案に、日和が数個見繕ってくれたうちの一つだ。俺はガラス細工の体験をしたかったのだが、何でもいいと言う栄斗と扇子がいいと言う女子二人に多数決で負けた。無念である。 「朝日様、今日の目的地は」 「メモしておいた。ほら」 「わぁ、ありがとうございます」  最初の目的地は賀茂御祖(かもみおや)神社、通称下鴨(しもがも)神社。(ただす)の森と呼ばれる鎮守の森が有名であり、みたらし団子の発祥とも関連がある神社だそうだ。  ホテルの近くのバス停から市バスに乗り込み、揺られながら神社最寄りのバス停まで少し休憩だ。車窓から外を眺めていると、大量の観光客の姿が見えた。外国人にお年寄り、俺達のような修学旅行生。昨日金閣で見たものとは比べ物にならない量の人々が道の至るところを歩き回っている。  そして、大量の人ならざる者達。  胴体の生えた釜、足の生えた鍋、手だけで這って動く飯盒という炊事用具の行列が見える。朝なので百鬼夜行と言う表現は正しくないかもしれないが、あれはどう見ても百鬼夜行である。炊事用具なので朝から元気なのだろう。矢が刺さっている落ち武者らしき幽霊が炊事用具達の行列を不思議そうに見送っている。  外を見ているうちに最寄りのバス停に到着し、降車した俺達は鴨川に沿って北上する。アオサギが一羽、川の中を忙しそうに歩いていた。 「ねえ、見えて来たわよ! あれじゃない?」 「あと少しだね、行こう行こう」  森を連れた鳥居が見えて来た。やがて近付くに連れ、『糺の森』と彫られた石が立っているのが分かった。  鳥居を潜って森に入ると木漏れ日が眩しかった。もう十月だというのに、暖かな日差しが青々とした木々の隙間から穏やかに地面を照らしている。北海道とは大違いである。  森の中を撮影しながら参道を歩いていると、不意にデジカメの画面が暗くなった。何かの影に入り込んだらしいが、周囲にそれらしいものは見当たらない。  ……上か? 「朝日様っ」 「ほう、カラスの臭いがするな」  大きな羽音が頭上から聞こえ、何かが滑空しながら着地する。 「おーい、朝日君。どうしたの」 「悪い、先に行っててくれ。すぐ行くから」  置いてっちまうぞー、という栄斗の声と共に三人は参道を進んで行った。
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