壱 下鴨に舞う翼

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 再び距離を詰めて来たトビが俺の左腕を掴み上げた。 「わっ、ああ朝日様っ」 「じゃあこれは晴鴉希の神力か。へぇ、ふうん。人の子のお守りだなんて、あの晴鴉希も随分丸くなったんだな。大切な覡様のお世話をして汚名返上ってか」 「紫苑様を悪く言わないでください! ぼくの憧れの(ひと)を!」  ひよは手を振り上げてトビに飛びかかったが、空いている方の左手で頭を押え付けられてしまった。ひよが必死に振り回している両手はトビの体まで届かない。  攻撃が届かず半泣き状態のひよを抑え込んだまま、トビは俺の方を向いた。サングラスで隠れているため目元の表情は分からないが、口はにやにやと笑っている。 「むー! むー!」 「ははは、その辺にしておけ。オマエが俺に敵うわけないんだから」  トビがひよから手を離す。その隙にひよが近付こうとしたが、デコピンされて見事に撃沈してしまった。デコピンとは思えないほどの衝撃音が聞こえていたが大丈夫だろうか。  ぴよぴよと泣いているひよを一瞥してから、トビはサングラスを外した。革ジャンの胸ポケットにサングラスを挟み、露わになった琥珀色の瞳で俺を捉える。さすが猛禽類というべきか、眼光が鋭い。口元は笑っているというのに目元は笑っておらず、睨み付けていると言っていいほど鋭い。鋭すぎる。 「晴鴉希が世話になっているようだな、覡。俺は珂彌怒鵄(かやぬし)だ。金鵄、晶瑤央(しょうようおう)珂彌怒鵄命(かやぬしのみこと)」 「珂彌怒鵄……」 「(かや)と呼ばれることもある。晴鴉希とは昔馴染みなんだよ。まぁ、向こうは俺に対して特に何も思ってなさそうだが。それにしても晴鴉希が人の子とねぇ……」 「そろそろ離してくれないか」 「おっと、悪かったな。俺が怖くて怯えてしまったか? いや、全然表情が分からないな……。むしろ怒ってる……?」  かなり強く掴まれていたので手首に指の痕が残っていた。少しすれば消えるだろうが。  茅は舐めるように俺のことを見る。 「オマエが、晴鴉希をねぇ……。歳に似合わず仕事一辺倒で面白くないやつだった。遊びに誘っても仕事の方が大事だって言って付き合い悪いしな。大人びていてしっかりしていると言えば聞こえはいいかもしれないが、あれは自ら重荷を背負い込んでそれでいて空回りしているような、自分に厳しいつまらないやつだった。挙句体壊しちまったんだから馬鹿だよな。……堕ちて、祓われて……オマエと出会って変わったのかもな、アイツは。ただ単に俺に冷たかっただけかもしれないけど」 「紫苑が嫌悪を露わにすることは少ないと思うのだが、昔は当たりが強かったのか」 「嫌がってるのを連れ出してかわいがってやったことがあるから嫌われているのかもしれない」  かわいがってやったことがある……?  どちらの意味だ?
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