壱 下鴨に舞う翼

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 茅は胸ポケットからサングラスを出してかけ直す。俺の視線から逃れようとしているようにも見えた。 「かわいいいたずらだよ。向こうはそう思ってなさそうだが」 「い、いじめ……? まさか、紫苑が堕ちた原因のっ――」  翼で軽く払い除けられたところで、俺は自分が茅に掴みかかろうとしていたことに気が付いた。完全に無意識だった。  茅は翼を畳みながら「驚いたな」と小さく漏らす。ぴよぴよ泣き続けていたひよも目を丸くしてこちらを見上げていた。 「大切なんだな、晴鴉希のこと」 「……友達、だから」 「あの事件に俺は関わっていない。関わっていたのだとしたら今ここで働いていない。あと、いじめてはいないから」 「……そうか。……悪い、その、手を出そうとして……。いや、俺は既にあんたに手を出されているんだが」 「俺は……。俺は近くにいたんだから、アイツが倒れる前に助けてやるべきだったのかもしれないな。もう済んだことだ、今更何を思っても仕方がないことだけれど。かわいがってやったのは若気の至りというか、ちょっとからかってやったつもりというか……。悪気はなかったんだよ。俺は結構アイツのこと気に入ってたんだぜ」  涙目のひよがようやく立ち上がった。両手の指先で額を擦っている。 「昔話はこの辺にしておくか。本神(ほんにん)のいないところであれこれ言い触らすのはよくないだろ。……ところで覡、聞いた話では神々を導く力を持っているとかいないとか。神使の俺の頼みも聞いてくれるだろうか」 「紫苑に相談せずに受けるわけには……」 「今はそこのヒヨコちゃんが代理だろう?」 「ひっ、ひえぇっ……! あ、朝日様ぁ……。か、茅様のお願いはお受けした方がいいのではぁ……。だってこの(ひと)怖いですよ。断ったら次は何をされるか」 「人聞きの悪いことを言うヒヨコちゃんだな」  茅に見られて、ひよは小さく声を上げて額を抑えた。今にも再びぴよぴよ言い出しそうである。  翡翠の覡が行使することのできる神通力は神々を導くものだと言われている。実際に俺は紫苑に失われた翼を取り戻させたし、迷っていたシャチの女神に行先を示してやったこともある。最初はもちろん紫苑自身が依頼人であったし、チサの時は隣にいた紫苑が一緒に話を聞いてくれていた。ひよは確かに代理だが、この子供に判断を委ねてもいいのだろうか。  ちょっかいを掛けてくる妖や幽霊が相手であればひよにもある程度対処できると思うし、小物であれば俺一人でもどうにか逃げ切れるだろう。しかし、茅の提示した内容が何らかの危険を伴っていた場合、それによって俺の身に何かが起こったとしたら……? ひよに、この小さな子に責任が取れるのか? この子に責任を取らせてしまうのか、俺は。
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