壱 下鴨に舞う翼

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 やがて本殿が見えて来た。俺がはっきりと答える前に、茅は歩を速めてどんどん行ってしまう。 「おいっ、茅様」 「それじゃあよろしく頼む! 晴鴉希にもよろしく言っておいてくれ!」  茶色い翼を翻し、茅は参拝客の間を縫って本殿の奥に姿を消してしまった。「行ってしまわれましたね」というひよの声が参拝客の足音に混ざって消えて行く。  厄介な妖にはまだ遭遇していないが、神使に面倒臭そうなことを任されてしまった。詳細をきちんと教えてもらわなければできることもできないだろう。何かを求めているのならちゃんと内容を教えてくれ。「面白そうだから」って、なんだ。 「あ! 朝日君、こっちこっち」 「わたし達お守り見てるから、お参り終わったら来てね」 「あぁ、分かった」  修学旅行は基本的に団体行動だ。どこかの御神木を探せと言われて、探し当てることなどできるのか? 移動可能な範囲は限られているのに。  小銭を手にして賽銭箱に向き合うと、隣からばりばりという音が聞こえた。男の子の姿になっているひよがキャラクターが描かれたマジックテープ式の財布を開けている。そして神妙な顔をして五百円玉を取り出す。 「子供にとって五百円は大金じゃないのか」 「で、ですが……。朝日様のお役に立てるように、お仕事をしっかりできるように、気合を入れてお祈りしようと思って。分かっていますよ、お賽銭は金額じゃないです。見習いだけど神使ですからね。でもこれはぼくの気合の形ですから。たくさんお金を出して願いを叶えてもらおうってわけじゃなくて、自分に気合を入れるためです」  そしてひよは震える手で五百円玉を賽銭箱に入れた。俺も五円玉を入れて、ひよと一緒に思いを込める。二礼二拍一礼を終えて顔を上げると、ひよが目を丸くして俺のことを見上げていた。 「ひよ?」 「すごい……。すぐ隣にいたらぼくにまで余波が……。これが、翡翠の覡の思いの力……」 「旅の無事を祈っただけだが」 「わぁ、すごいなすごいな。ぼく、本当に翡翠の覡と一緒にいるんだ!」  ツチノコを捕まえた! みたいな反応をされてもどうすればいいのか困る。  ヒヨコの姿になったひよをリュックのサイドポケットに入れて、俺は授与所へ向かった。栄斗と美幸がおみくじを引いて喜んだり悲しんだりしているようである。 「お待たせ」 「遅いぞ晃一! オマエが遅いから俺のおみくじとんでもないことに」 「俺の存在がおまえのおみくじにそんなに影響を及ぼすのか」 「こーちゃん! わたしは大吉だったわよ!」 「そうか、よかったな」  日和は? と訊ねると、我らが班長は畳んだおみくじを手にして真剣な顔をしていた。どうやらまだ中身を見ていないらしい。 「い、今、確認し……。……末吉! 朝日君は引かないの?」 「俺はいいよ。あまりこういうの気にしないし。……お守りだけいただこうかな」
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