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美幸は美味なものが好きだ。小さな頃からいつも、俺と栄斗に色々な「美味しい」を教えてくれる。駅前商店街のパン屋の新作が出たとか、デパートの催事場に珍しいお菓子が置いてあるとか、どこそこに新しい店ができたとか、そういう話をよく持って来る。友人が多く交友関係の広い美幸はあれやこれやと情報を仕入れて来て、俺と栄斗が関心のありそうなものを選んで伝えてくれる。その情報収集及び情報処理の能力を勉強にも生かせるといいのだが。
お品書きを確認していた美幸がこちらを振り返る。
「お団子以外にも色々あるわね。みんなは何にする?」
「うーん、でも折角来たんだから団子は食べたいよな」
「あたしもお団子がいいなー」
「団子でいいんじゃないか」
「えー、みんな結局お団子? でも他のも気になるなー」
お品書きの前でうんうん唸っていると、背後から声をかけられた。集団で居座っていて他の客の邪魔になってしまったのかもしれない。
「すみません、今よけま……」
「そこの修学旅行生、おすすめはみたらし団子だ。もちろん他のも全部美味い」
俺達に声をかけて来たのはパーカーに革ジャンでサングラスをかけた男だった。つまり茅である。纏っている気配は人間のものであり、その背に翼はない。代わりに羽飾りの付いた紐が右手首に巻かれていた。紐は随分と長く、腕を巻き上げながら袖の奥まで繋がっているようである。紫苑が用いている烏天狗の面と同じようなものだろうか。
「わ。地元の人ですか? やっぱりお団子がいいのかな……?」
「団子ならテイクアウトもできる。座って食べる時間があるなら店内で色々食べればいいだろうけど、時間は大丈夫なのか?」
「こーちゃん、時間は?」
「少しだけ押してる」
「じゃあお団子テイクアウトにしようかな。注文してくるわね! 待ってて!」
美幸が店内に入って行った。なぜ俺に時間を訊いた。俺が予定と時間を全て把握しているとでも思っているのか。
日和と栄斗が茅にお礼をしているので、俺も一応感謝の意を伝えておいた。すると、茅は俺に寄って来てぴたりと隣に並んだ。お品書きを見る振りをして、サングラスを少し外して俺を見る。
「境内を出てから小物に付けられていた。追い払っておいたぞ」
「えぇっ、ぼくちゃんと周りよく見てましたよ」
「弱いからこそ気配も弱かったのかもな。ヒヨコちゃんは悪くねえよ。でももっと注意を払った方がいい。気を付けろよ」
「……お兄さんは何を注文するんですか?」
「え? あぁ、そうだなー。今日はぜんざいにしようかなぁ。よし、それじゃあ若人達、青春楽しめよ」
戻って来た美幸と入れ替わる形で茅は店内に入って行った。去り際、俺に向かって小さく手を振っていた。軽薄そうな雰囲気を纏う、所謂チャラそうな感じの男である。あれが昔、紫苑と付き合いがあったのか。
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