弐 北野の梅

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弐 北野の梅

「ねー、そういえばさ。こーちゃんにはここ必要ないんじゃないの」 「確かに。オマエこれ以上秀才になるつもりなのか。俺達を置いて」 「俺は向上心を持ってはいけないのか」  北野天満宮に辿り着いた俺達は撫で牛を探しながら拝殿へ向かっていた。境内を少し進んで手水舎のウシの写真を撮っていると、美幸と栄斗に理不尽なことを言われた。  清水寺の音羽の滝には向かわなかったが、それはあの場が混雑していたからである。北野天満宮の境内はそこそこ人がいるものの参拝には全く影響はなさそうである。目の前の道が開けているのに、鳥居を潜ってやって来てそのまま帰るなどということがあるだろうか。  学力や成績は本人の持っている元々の能力や積み重ねた努力によって結果が出るものだ。神頼みをしたところで突然テストの点数が跳ね上がることなどはない。それが可能なのであれば全国のありとあらゆる天神に学生が溢れ返り、学習塾や予備校は閑散とするだろう。  しかし、だからといって学業にご利益のある神社に赴かないという選択肢はあまり出ないものだろう。折角だったら参拝したいし、少しは願いを捧げてもいいのではないだろうか。神に祈ることで気持ちが落ち着くかもしれないし、もしかしたら本当に何かしらの効果が得られるかもしれない。  正直俺は学業成就に関して特に期待はしていない。俺はここまで自分でどうにかして来た。これからもそうである。神様は日常的に隣にいるので神様というものの力を信じていないわけではないが、俺は俺の勉強について神に頼るつもりはない。俺の成績を神の力で上げる余裕があるのならば栄斗と美幸にその分を分けてやってほしいくらいである。  俺がこの神社で祈るのは、安寧な勉強時間だ。日々の学習の積み重ねがいずれ功を為す。成績やテストの点数は自分でなんとかするから、そのための勉強をどうかどうか有意義に、静かに落ち着いてできますように。  ……たぶん、無理なのだが。 「成績がよくなりますように成績がよくなりますように成績がよくなりますように」 「テストでいい点取れますように!」 「二人共気合入ってるねー。わたしはやっぱり自分で頑張ってこそだと思うから、せめて下がらないようにお願いしようかな」  無理だな、きっと……。俺の安寧はきっと近くにはない……。みんなといると楽しいからそれはそれでいいのだが……。 「人間だった人が神様になるのって、どんな感覚なんですかね。ぼくには全然想像できません」  ヒヨコのまま俺の肩に乗っていたひよが本殿を見ながら呟いた。  北野天満宮に祀られているのは菅原道真である。平安時代の人間なので当然故人なのだが、天神様は神様としてここに存在していると考えられる。人間が神様になるなんて不可思議だが、神様も幽霊も見ることのできる俺には死んだ人間が神様になって人々を見守り続けているという現象を「そんなのありえない」と言って否定することはできない。そういうこともあるのだろう、としか言えない。素晴らしい功績を遺した人だったり、怨霊として恐れられたことがあったり、菅原道真の他にも神様として祀られている人間は何人もいる。  神様になる感覚はどのようなものなのだろう。ひよが言うように気にはなるが、実践してみるつもりはない。普通の人間がなれるはずがないという以前に、神様としての時間はきっと人間には長すぎる。俺には耐えられそうにない。
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