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参 青海波
昼食を終えた俺達は龍安寺へやって来た。教室で話し合っていた時に「神社ばかりだからお寺も見よう!」と言って日和が予定表に組み込んだ行先である。この後は扇子の絵付け体験があるので、実はのんびりと見ている時間はない。俺はもっとゆっくりと池やら石やらを見たかった。
山門を入って少し行くと、大きな池が見えて来た。鏡容池という名前があるそうだ。水面には葉と共にカモが数羽浮かんでいる。
「カモさん! カモ!」
奇声を上げた日和がスマホを手に取って池に向かって幾度もシャッターを切った。おまえは本当に鳥が好きだな。
浮かんでいるカモ、泳いでいるカモ、飛び立ったカモ、映り込んだサギ。水鳥達のいる風景を写真に収め、日和は満足そうである。そのままにしておくと永遠に鳥の写真を撮り続けて時間を押してしまいそうだ。
「日和、もう行くぞ」
「うん分かった」
「『もっと見たい』と言うかと思った」
写真を確認しながら、日和は得意げに笑う。
「朝日君、この池の横は帰りにも通るんだよ」
「それは知っている」
「つまりもう一度シャッターチャンスがある。しかも、別の角度から! 向こう側には別の鳥もいるかもしれないし!」
「そうか」
おまえは本当に鳥が好きだな。
日和は前方を行く栄斗と美幸を見て、そして俺に視線を向ける。木漏れ日の中で微笑む姿を見ていると、クラスのマドンナという呼び名が間違っていないのではないかとさえ思える。どう考えても気のせいだが。
ほら、またにやにや笑いながらスマホの画面を俺に見せて来る。
「かわいいでしょ。これ今朝ホテルの前にいたスズメなんだけど」
「はいはい、かわいいかわいい」
「うーん、朝日君の興味を引けないようじゃあたしの腕もまだまだか」
スマホの画面に指を滑らせ、別の写真を表示させる。
「朝日君はこっちの方が好きか」
「何?」
日和が見せてくれたのはカラスの写真だった。鴨川デルタに佇む一羽のカラス。
「朝日君、カラス好きだから」
「別にそういうわけじゃない」
「こう、古都の風景にいると身近な鳥も魅力的に見えてこない? もちろん森や林の中やいつもの街にいるのもとっても素敵だけど」
「……俺は」
「夕立の方がいい?」
「別に……」
栄斗と美幸に追い付いたところで、日和はまた別の写真を見せて来た。映っているのは一羽のカラスであり、場所は陽一郎さんの家のウッドデッキだ。
画面を見る俺を見て、日和はにやりと笑う。クラスのみんなの前でその顔は絶対にしない方がいい。
「ユキの写真と一緒にお母さんが送って来たんだ。夕立の姿が見られて朝日君も一安心だね」
「俺は別に、夕立のことを気にかけているとか、そういうんじゃない……」
「逆の方がよかったか。元気な姿を朝日君に見せられて夕立も一安心だね。夕立、朝日君に懐いてるから」
懐いている……。
懐いている、か……。
周りからはやはりそう見えているのだろう。
「そういうわけでもないと思う……が」
「えー、そうかな? だって夕立、朝日君のこと見ると嬉しそうに近付くでしょ。あの子があんなに喜び勇んで駆け出して行く相手なんて陽一郎さんと朝日君くらいだもん」
そう言いながら、日和はスマホをリュックにしまった。
俺は翡翠の覡で、夕立もとい紫苑は神だ。お目付け役であるあいつが俺の元に駆けて来るのはおかしなことではないが、夕立の姿だと俺に懐いていてはしゃいでいるように見えるのだろう。
夕立が駆け出していく相手は俺か陽一郎さんくらい。陽一郎さんがあいつにとって特別な存在であるということはこれまでのやり取りから分かっていたが、それがより一層強く深くなったように感じられた。
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