参 青海波

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 他の観光客に続いて、俺達は枯山水を目指して歩く。龍安寺の石庭は有名で、有名すぎるので栄斗と美幸も「なんかすごい石があるところ」とちゃんと認識していた。 「お、あれじゃねえか?」 「わぁ、これが枯山水ってやつね」  そこには灰色、否、白と表現していいかもしれない。見事な枯山水が広がっていた。砂利に描かれた波のような模様。その中に浮かぶ大きめの石達。絵の中から飛び出して来たかのような情景に、思わず声が漏れた。 「すごい……」 「晃一、昨日からずっと楽しそうだな。よかったよかった」 「は?」 「いや、オマエのことだからガリ勉発揮してなんかあれこれ言って来たりすんのかなと思ってたから。場所も場所だしさ。でもちゃんと普通に楽しんでるみたいでよかったなって」 「俺を何だと思っているんだ」  小学生の時も中学生の時もちゃんと普通に楽しんでいただろ。  俺はリュックからデジカメを出して枯山水に向ける。庭に置かれている石はどこから見てもどれかが隠れてしまうのだという。別の角度からもいくつか写真を撮ることにしよう。  カメラを手に歩いていると、美幸が俺に向かってポーズを取った。撮れということだろうか。シャッターを切ってやると美幸は満足げに頷いた。 「あっ、鳥が……! ねえ、美幸ちゃん、朝日君、枯山水の石の上に鳥が下りて来た……」  鳥を驚かせないためか、日和が徐々に小声になりながら言った。見ると確かに石の上に鳥が一羽立っている。そして座った。しばらく休憩するつもりなのかもしれない。 「日和ちゃん、あれはなんていう鳥?」  美幸に訊ねられて、日和は鳥にスマホを向けたまま答える。 「あれはたぶんヒヨドリだよ」  日和は淡雪を愛するノーインコノーライフな人間だが、そこから広がって鳥全般が好きなバードウォッチャーである。池のカモや石の上のヒヨドリにレンズを向ける時の顔は真剣そうで、それでいて楽しそうなものだ。写真そのものも嫌いではないので枯山水のことも真剣な顔で撮っていた。  やがて、少し離れて写真を撮って回っていた栄斗が戻って来たところでヒヨドリは一声鳴いて飛び立ってしまった。 「あー、ハルくんが来たから逃げちゃった」 「えっ、俺のせい? 何かあったの」 「石の上に鳥がいたんだ。おまえが来るまでは」 「へぇ。見たかったな」  いい写真が撮れたのか、日和は嬉しそうにスマホの画面を見ている。そして、ハッとして顔を上げた。 「朝日君! 今何時!?」 「スマホの画面に出てないのか」 「もうそろそろ行かなきゃ」  日和に言われて俺は腕時計を確認する。 「もうこんな時間か。扇子の絵付け体験は予約してあるんだったよな」 「そう。もっと鳥を見たいけれどもう行かなきゃ」 「おまえはここに鳥を見に来たのか?」  枯山水を見なさい。
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