参 青海波

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 俺は確かに見本の絵をよく見て、その線を上から丁寧になぞったはずである。桜と、狛犬と、太陽と、青海波だ。  どうやら俺には、お店の人が丁寧に用意してくれた見本の絵すらも壊滅的に違う絵に仕上げてしまう力があるらしい。いらない力である。本当にどうして扇子の体験をすることになってしまったのだろう。多数決に負けたのがこれほどまでに悔しい結果を生むことになろうとは。  扇子ができあがったらおそらく紫苑に見せてくれとせがまれるだろう。その時、あいつもこれを見て何か別の動物の名前を上げるのだろうか。  描き上がった絵を店員さんに託して、俺達は扇子屋を後にする。部品を組み合わせて完成したものは後日星影まで郵送してくれるそうだ。  次の目的地は、八坂神社。地元の人や観光客の間を潜り抜けて、俺達は鳥居の前に到着した。素戔嗚尊(すさのをのみこと)を始め、数多くの神々が祀られている八坂神社。境内に一歩踏み込んだ途端に強い力を複数感じた。この街はこういう場所ばかりである。  本殿に参拝した後、俺達は境内の別々の場所へ散った。栄斗は御朱印をいただくために社務所へ。美幸と日和は美御前社(うつくしごぜんしゃ)という社殿へ。美御前社には宗像三女神(むなかたさんじょしん)が祀られており、美しさや綺麗さを磨く水が湧き出しているらしい。女性に人気の場所だそうだ。そして俺は、リュックのサイドポケットに入っているひよと共に稲荷社へ。  白いキツネが一匹、不思議そうに俺を一瞥して立ち去って行った。キツネが感じ取ったのは俺の神力か、ひよの存在か、それとも……。 「カラスの匂いがするわね」 「さっきから俺を見ているのはあんたか」  何者かに見られているような気がしたので、気配のする方へとやって来た。稲荷社の近くに佇んでいた女が俺を見て艶っぽく笑った。背中には薄い灰色の翼が揺れている。先程のキツネはこの社で仕事をしているのかもしれないが、この女はどうだろうか。  下鴨神社で茅に言われたものと同じ言葉。女は俺の左手に目を向ける。 「不思議な人の子。そんなものどこで手に入れたの?」 「これは」 「熊野のカラスの神力……。ここの主祭神がどなたか知ったうえで、それを手にしているの? 手荒な真似をしたのだとしたら、ここへなんて来られないはずよ」 「これは本神(ほんにん)から渡されたものだ」  茅の時のように説明をしてくれるものだと思ったのだが、ひよは特に何も言ってくれない。もしかすると眠っているのかもしれない。 「本神(ほんにん)から? 貴方、何者……? え。その瞳……。まさか、貴方、翡翠の……。それじゃあ、これは、晴鴉希(はるあけ)様の……!?」  女は俺の左手を勢いよく掴んで紐を撫で回し始めた。 「あぁっ、あぁ。じゃあ、あの話は本当なのね。晴鴉希様、楽しく過ごせているのね。よかったわ」 「あんたは……」  この女もまた、どこかの神社で神に仕えているのだろうか。否、神使を装っている不審な妖が紫苑のことを知っているという可能性もある。こちらの事情を説明する必要はなさそうだが、向こうのことが分からない。ひよはやはり眠っているのか、何も話す気配がない。
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