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こんな時に紫苑がいてくれれば。しかし、今ここにいないやつに思いを馳せても意味はない。それに一応解決策を模索してくれてはいるらしいひよに失礼だ。こいつは、この子は自分に何ができるのか懸命に考えている。ひよに答えが出せなければ、紐を使うしかないのだろうか。使えるのか、これ。
「うーん、うーん、どうすれば……」
角をいくつ曲がったか分からなくなった。今どこにいるのか分からない。スマホがあれば地図を確認できるが、俺の手元にそんな便利なものはない。少し陰になる場所へ移動して、俺は立ち止まる。
「あわ、朝日様、どうしました」
「迷った」
「えぇっ」
「土地勘がない場所で無計画に動くんじゃなかった。なんという失態だ。一人でよかった」
誰にも見られなくてよかった。このような細かなミスが評価を落とすのだ。俺は優秀でなければならない。期待に応えなければ、きっと失望されてしまう。それはいけない。
「うわぁっ、ちょっと、もうすぐそこまで来てますよ」
「ひよ、何か手はないか」
「もう少し小物であればぼくの神通力でもなんとかできたんですが」
「だがこうして逃げ続けるわけにもいかないぞ。……一気に撒くか。抜け道とか知らないか」
「ぼくも土地勘があるわけではないので……。普段は伊勢にいますから……」
困ったな。
やはりこの紐を使ってしまおうか。だが、しかし。紫苑の託してくれた切り札をここで使ってしまっていいのだろうか。修学旅行はまだあと二日間ある。今ここで使ったら、明日以降更なる窮地に立たされた場合に俺は何もできなくなる。奈良が安全とは言い切れない。あそこも古都だ。何がいるか分からないのだから。
車輪が軋みながら回る音が聞こえる。姿は見えていなくても、気配は隠しきれていないだろう。こちらも、あちらも。気が付かずに通り過ぎてはくれないだろうかと息を殺して様子を窺うが、そう上手くは行かない気がする。
肩の上で震えるひよを指先で撫でてやりながら、朧車がいなくなるのを待つ。まだかまだかと待っていると、やがて、うろうろしていた朧車が停車した。
「人の子……。どこだ……。ここか……」
車輪が少し動いた。朧車が徐々に近付いて来る。
おそらく気が付かれた。この場合、ここで物陰に隠れ続けていてやり過ごせるのだろうか。気が付かれてしまったのならば、動かないまま待っていても喰われるだけではないか。
一か八かだ。不意を突いて飛び出して距離を取ろう。そしてそのまま撒いてしまいたい。
「人の子……。ここだな!」
車輪が唸り、朧車がこちらに向かって急発進する。それと同時に俺は適当な別方向へ駆け出した。すると、一直線に進んだ朧車は積まれていた段ボール箱に突っ込んでしまった。この隙に逃げよう。
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