肆 祇園の夜に

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「飴を売っている店はたくさんあるよ」 「一番近いところで」  番傘の男は、すっと腕を伸ばした。真っ白な手袋で覆われた手が、指が、すぐそこの通りを指し示す。 「そこを少し進んで曲がれば見えて来ると思うよ。君の言っている店が私の知っている店と同じだといいけれど」 「間違えていても文句は言わないと言われているので、それらしいものであれば構いません」 「おやおや、寛容なのだね。頼みごとをして来たご家族は」 「家族ではないです」 「ご友人だったか」 「友人……。そうですね。友人です、あいつは」  俺は朧車から助けてくれたこと、店の場所を教えてくれたことの礼を改めて言う。番傘の男は傘の向こうで小さく笑うと、くるりと体の向きを変えて雑踏の中へ消えて行った。  少し、不思議な雰囲気の人だったな。祓い屋だとか霊能力者だとかいう人間はあのような感じなのだろうか。  まだぴよぴよ言っているひよをもう一度撫でてやってからリュックのサイドポケットに入れる。進行方向を確認してから番傘の男の言った通りに進むと、お菓子と思しきものを売っている店に辿り着いた。 「ここか……?」  ガラス張りの向こうに見える店内を覗き込む。店の名前は分からない。間違えても文句は言わない。しかし、可能ならばあいつの望んだものを買って帰ってやりたい。  向こうはスマホを持っているのだから地図を見てここまで来られるだろう。栄斗に店名をメールすると、すぐに『分かった』と返事が来た。俺は一足先に店内を見るとしよう。  老舗にも新しい店にも見える外観だ。ガラスのドアを開けて踏み込むと、甘い香りが漂って来た。色とりどりの飴玉や飴細工が並んでいる。きらきらしていていかにもカラスが好きそうだ。どの味を買ってやればあいつは喜ぶだろう。  俺が選んだものならなんでも嬉しいとあいつは言う。とはいえ、味の好き嫌いはあるだろう。おかしな味のものはこの店にはないと思うので、嫌いなものを除くのではなく好きなものを見付けてやりたいところだ。 「紫苑様は紫色が好きですよ」  しばらく店内を物色していると、落ち着いたらしいひよから助け船が出た。なるほど、味だけではなく色で選ぶという手もある。 「紫苑様はシオンの花が好きなので、紫色が好きです。真っ黒いのも好きですけどね」  常日頃纏っている黒ずくめの格好。その中に紫を差し色で入れているのをよく見る。あいつがシオンの花が好きだというのは名前の影響だろうか。尤もあいつを本名で呼ぶ相手からは祠音というよりも晴鴉希と呼ばれることの方が多いようだが。 「晃一ぃ、楽しそうじゃん。めっちゃ笑顔だな。いいもの見付かったのか?」 「う、わ……。……びっくりした」 「声掛けたら無表情に戻っちゃった……」 「栄斗、もう着いたのか」  いつの間にか栄斗達が店に到着していた。美幸と日和が「かわいい」「かわいい」と言いながら向こうの棚の飴を見ている。 「かわいい飴だな。明香里ちゃんに?」 「えっ」 「え?」 「あぁ……。そうだ。喜ぶと思うか?」 「いいんじゃね。いいな、俺も買おうかな」  明香里の分も買ってやるか。 「俺はどれにしようかな。美幸と東雲ちゃんはどうするのー?」  そう言いながら栄斗は俺から離れて行った。俺は改めて棚を見て、並んでいる飴の中から綺麗な紫のものを手に取る。  紫苑、喜んでくれるといいな。
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