15人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ
伍 雛、悶々
ホテルの部屋のテレビでは今日も知らないアナウンサーが知らない町の話をしていた。
「晃一ぃ、風呂入っていいよ」
「あぁ」
「オマエわざわざ修学旅行先でニュース見てるわけ? 真面目だな」
「見ても何も分からないがな。知らない話だから」
「へぇ、知らない幼稚園の知らない行事だ」
タオルを被った栄斗がテレビを見る。早く髪を乾かせ。
「それじゃあ朝日様、続きはお風呂から上がってからに……」
俺と並んでソファに座っているひよはお菓子の箱を膝に載せて言う。昨日買ってやったお菓子の残りを食べながら今日の振り返りと明日以降のことを話し合っていたのだが、一旦中断だ。
「あ! 待って朝日様。ぼくもお風呂入ります!」
「は……」
「晃一? どうかしたか?」
ひよはお菓子の箱を俺のリュックに押し込むと、「ぼくも入ります!」とバスルームへ向かう俺のことを追い駆けて来た。追い返しても栄斗に不審がられるだろうから連れて行くしかなさそうだ。
「なぁ晃一ぃ、チャンネル変えてもいい?」
「おまえの見たいやつにしていいよ」
洗面台にぬるま湯を張り、ヒヨコの姿になったひよを入れてやる。鳥はどのようにして洗ってやればいいのだろう。夕立に公園の水飲み場の水をかけたことしかない。溺れるような深さではないからこのままにしておいても大丈夫だろうか。
わーい、という声とぱしゃぱしゃという水音をシャワーカーテン越しに聞く。静かになったら沈んでいるかもしれない。その時はすぐに助けてやらなければ。
「あの、朝日様。……声が漏れて怪しまれても困るので返事はいりません。ぼくが一人で勝手に喋ってるだけです。……さっきは、役に立てなくてすみませんでした」
さっき。朧車に追われた時のことか。役に立とうとして力み過ぎないで、やりたいようにのびのびやってほしいと俺はひよに伝えてある。とはいえ、紫苑の代役として俺に付いていながらあの事態を許してしまったのは気にするなと言っても無理なことだ。口には出さなかったが「頼りにならない」と俺も思ってしまった。しかし、夕食後の満腹感で俺も多少は油断していたのでひよが全部悪いわけではない。
紫苑も時には頼りにならないのだと言えばフォローになるだろうか。いや、ならない。役に立っていないと言っていることは変わらない。
「ぼく、朝日様をあんな目に遭わせてしまって、紫苑様に顔向けできません……。あの神はぼくのことを信じてこの仕事を任せてくれたのに……。ぼく、だめだめですね……」
気の利いたことを言ってやれればいいのだが何も思い付かない。
「ごめんなさい、朝日様……。ぴよぴよ泣いているだけで何もできませんでした……。あの時、祓い屋? っぽい人が来てくれなかったらと思うと……。人の子に助けられるなんて、情けないです……」
ぬるま湯から上がったらしいひよが洗面台の淵を歩く小さな足音が聞こえる。
「うぅ……ぼく、こんなんじゃ……」
「伸びしろがあるということだろ。まだ子供なんだからそんなに気に病まなくても」
「うぅん、うぅん……。ぼく、ぼく、朝日様の役に立てません……。どうして、紫苑様はぼくなんかにこんな大役を……」
最初のコメントを投稿しよう!