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古墳の形は他にもあるが、あまり情報を詰め込み過ぎて混乱されても困るのでテストに出やすいものだけを答えておこう。
奈良の観光名所をスマホで調べ始めた栄斗を一瞥してから、俺は再び車窓に目を向けた。知らない街並み、知らない景色。知らないものというものは人間を不安にさせるものだが、それと同時にわくわくさせるものでもある。俺は星影の街を気に入っているが、たまには旅もいいものだ。
このまま南下し続ければ和歌山に着く。紫苑の故郷だ。あいつは長らく帰っていないそうだが、家族や知り合いはどう思っているのだろう。姿を見せてほしいと思っているのか、それとも、一度堕ちた者は二度と戻って来るなと思っているのか。あいつは俺のことを知りたがるが自分の話はあまりしない。無理に聞き出すつもりはないが、あいつの帰らない故郷が近くにあると思うとほんの少しだけ気になった。
やがて、流れている景色をぼんやり見ている間に俺は眠ってしまったらしい。薬師寺に着いたところで栄斗に肩を叩かれて目を覚ました。
「オマエ移動中寝がちだよな」
「おまえみたいにおしゃべりするタイプではないからな」
「相手してくれないから寂しかったぞー」
不服そうに口を尖らせる栄斗は文庫本を手にしていた。挿絵と思しき黒い印刷が閉じられた断面からでもよく分かる。おそらくライトノベルだ。こいつは車内で本を読めるタイプである。俺が眠ってしまい退屈になったため、読書に講じていたのだろう。
バスを降り、添乗員さんの案内で俺達は進む。東塔は修復中のため姿を拝むことはできなかったが、修復中の姿というものも珍しいのでこれはこれでいい経験のように思う。覆い隠されている様子をデジカメで撮っていると、同じように思ったらしいクラスメイト数人がスマホを東塔に向けた。
東塔の大修復は二〇二〇年頃まで続くそうだ。修復が始まったのも数年前のような気がするので、随分と長い時間をかけて行うようだ。終わるのは五年後か。
薬師寺ではお坊さんの法話を聞くことになっている。「すっごく面白いらしいわよ」とは美幸の談である。
退屈だったらどうしようねなどと話をしている者もいたが、いざ法話が始まると皆真剣にお坊さんを見つめ、そして、終われば「面白かったね」「いい話だった」と感想が飛び交った。
「めっちゃよかった。噂通りだったな。な、晃一」
「いつも講演会で舟を漕いでいるおまえがちゃんと聞いていたから余程面白かったんだろうな」
ひよはずっと眠っていた。薬師寺に着いた時点で声はかけてやったのだが、小さく身じろぎしただけで黄色いふわふわが目を覚ますことはなかった。寺社の境内の中で何かに襲われる可能性は低いので眠っていても構わない。しかし、昨夜あれだけ自責の念に駆られていたというのにまるで緊張感のないやつである。
「ねえっ、次は東大寺よね。大仏! 大仏が見られるのよね。どれくらい大きいのかな」
「あー、これくらいじゃね?」
「えー。ハルくん大仏のこと舐めてない? きっともっと大きいわ」
駐車場へ向かって歩きながら、栄斗と美幸が盛り上がり始める。「お坊さんのお話よかったわ」と言っているので美幸も居眠りせずに聞いていたらしい。
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