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日和は二人の会話に入ることはせず、少し考え込んでいる様子で俯きがちに歩いていた。おもむろにスマホを手に取り、画面をタップして何かをやり出した。
「日和」
俺の呼びかけに答えず、日和はスマホの画面を見つめたまま歩いている。
「日和」
やや強引に腕を掴んでこちらへ引いた。「えっ」と声を上げた日和は足を止めて俺を見る。目を丸くして、驚いた様子だ。すぐ横を俺が歩いていたことにすら気が付いていなかったのかもしれない。
「あ、朝日君……?」
「歩きスマホ」
「あ。そ、そうだよね。駄目だよね」
「そこの段差、目に入っていなかっただろ」
日和の足の少し先に段差があった。スマホを見たまま歩いていたら、今頃躓いて転んで怪我をしていただろう。
「気を付けろ」
「あ、ありがとう……」
こいつが周りが目に入らないくらい熱中するものといえばおそらく鳥だろう。今日も家族からインコの写真が送られてきたに違いない。インコを大切に思うのはいいことだが、インコを気にし過ぎて注意散漫になり旅先で怪我をされては同じ班で行動している俺達が困る。一応班長なのだから日和にはそれ相応の責任感と共に過ごしてほしい。俺はおまえの面倒まで見たくない。それに、あなたを思い過ぎて怪我をしましたなんて報告をされればインコも困るだろう。
俺と日和が離れてしまったことに気が付いたのか、栄斗と美幸が一旦立ち止まってこちらに手を振っていた。日和はスマホをしまって歩き出す。俺もそれに続いた。
「今日もユキがかわいい」
「よかったな」
「あたしがいなくて寂しくないかな。あたしの写真も送った方がいいかな」
「俺に訊かれても……」
「そうだ! 朝日君の写真も撮って夕立に見せてあげようね」
「いや、それはやらなくていい」
写真なら俺が撮ったものを帰ってから紫苑にいくらでも見せてやれる。
「インコは籠にいるが、外にいるカラスに写真を見せるのは難しいだろ」
「それもそうか。残念。上手く言いくるめて朝日君の写真撮ろうと思ったのにな」
「は……?」
「美幸ちゃんの写真も撮ったし、小暮君の写真も撮ったんだ。朝日君だけベストショットが撮れてない」
「金閣寺とかでみんなで撮ったからいいだろ。あとで印刷してやるから」
「ワンショットがほしい」
おまえは人間の写真にも凝っているのか。
春日大社で撮ってあげるからね、と言って日和はにこりと笑った。
俺は「はい、チーズ」と言われて写真に撮られるのは少し苦手だ。小さい頃から、写真撮影の度に「もっと笑って」と言われ続けて来た。俺はちゃんと笑っている。写真は撮られるよりも撮る方が好きで、被写体も風景や動植物が多い。今回の修学旅行でも栄斗と美幸にねだられた集合写真以外は人間の写真をほとんど撮っていない。
日和は鳥の写真ばかり撮っている印象があるが、どうやら写真自体が好きなようだ。
「上手く撮れたら夕立に見せてあげようね」
「それはいらないから……」
やんわりと拒否して、俺はバスに乗り込んだ。
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