壱 出発の前に

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「京都は神社仏閣が多く神聖な領域が多い土地ですが、魑魅魍魎が跋扈している土地でもあります。数が多ければ相対的に悪しき者も多くなります。不審な妖や幽霊に晃一さんが襲われては大変です」  ですが……と、紫苑は表情を曇らせた。言葉に迷っているのか、漆黒の瞳が僅かに揺れ動く。 「私は、京都には行けません……。長らく訪れていませんし、夕立を長期間遠方に行かせるわけにはいかないので。それに……怖い、です……」 「怖い?」 「京都にいらっしゃる方々に顔を合わせるのが怖いです。高尚な考えをお持ちの方もいらっしゃるはずなので、私が……私なんかが、対面していいのか……。あの土地が、そこに住まう方々が、私のことをどう見ているのか分からなくて、怖くて。一緒にいて、貴方に不快な思いをさせてしまったらどうしようかと思って。私……私は、一度堕ちた身……なので……。よくしてくださる方もいらっしゃいますが、そのような方ばかりではないですからね」  人畜無害そうなこいつはかつて大雨によって村を流した邪神である。本神(ほんにん)の意思ではなく嵌められた結果なので全ての責任が彼にあるわけではないが、その力によっていくつもの命が失われたのは事実だ。負い目を感じていたうえに、祓われて神力を削がれてから俺に出会うまでの間はほぼ完全にただのカラスだったため、晴鴉希命として神社に出入りすることはあまりできなかったそうだ。実家のある和歌山にも随分と長い間帰っていないと聞く。今もまだ、業務連絡の仲介をしてくれている近場の熊野系列の神社以外に立ち寄ることは少ない。  力も戻って来ているし、邪神の過去はもう時効なのではないか。そう思うが、本神(ほんにん)が「怖い」と言っているのを無理させるわけにはいかないだろう。では俺はどうすればいいのか。魑魅魍魎が跋扈しているというのに丸腰では白昼堂々衆人環視の中で妖に襲われるかもしれない。  トリケラトプスのぬいぐるみを膝に乗せて撫でながら、紫苑は先程までのしんみりムードを吹き飛ばす勢いで「ですので!」と元気よく言った。驚くから突然元気になるな。明るく振る舞うことで不安がる俺を安心させようとしているのかもしれないが、おまえが思っているよりも俺はかなり落ち着いている。 「代わりの者を就けることにしました」 「当てがあるのか」 「どうにか見繕うことに成功しました。少し心配ですが、仕事はしっかりこなしてくれるでしょう。これで晃一さんの修学旅行も安泰ですね」 「『少し心配』と聞こえた気がするが聞き間違いか」 「私が……私がっ、共に行くことができればいいのですが……! 大変申し訳ありません……。弱くて……。メンタルが……!」  綺麗な倒置法だな。 「無理はよくないと思う」 「もっと強くなりたいですね……。貴方を守ることが務めなのに……。情けないです……」
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