弐 修学旅行開始!

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弐 修学旅行開始!

 行事の前日は翌日の朝が早いため早寝をしてしっかりと体調を整えておきたいものだ。しかし、電話口の腐れ縁幼馴染みは話すのをやめようとしない。栄斗(はると)の声が聞こえなくなる気配が一向にしない。修学旅行とは学生生活で最も重要なイベントであり云々、と小学生の時にも中学生の時にも言っていた迷言を二度あることは三度あると言わんばかりに俺の脳に刻み込み、それでもまだ足りないとあれだこれだと言い続けている。  携帯電話のサブディスプレイにこいつの名が表示された瞬間に知らないふりをして寝てしまえばよかった。  幼稚園の遠足では前夜に張り切り過ぎて熱を出し、小学校の宿泊学習では調子に乗りすぎてガイドさんの手を大変煩わせ、中学校の修学旅行ではテンションが上がりすぎて盛岡まで行って先生に怒られていた。 「いよいよ明日から修学旅行だな! ヤベえよ、めっちゃテンション上がって来た!」  なんとしてでも高校の修学旅行ではおとなしく平和に過ごさせなければ。もう巻き添えは食らいたくない。 「……でさ、それが……。……ん? 晃一ぃ、聞いてる?」 「栄斗……。明日の朝は早い。俺はもう寝たい」  電話の向こうから不服そうな声が聞こえて来た。 「えー、優等生ぶるのやめろよなー。俺と語り合おうぜー」 「悪いな、実際に優等生なんだ」 「なんだよ普段はガリ勉じゃないって言ってるくせに。分かった分かった、じゃあこの辺にしておこう。明日楽しみだな! したっけねー。おやすー」 「おやすみ」  ようやく通話が切れる。携帯の画面には十分二十六秒という通話時間が表示されていた。俺は携帯電話を枕元に置いて寝転ぶ。早く寝て明日の体力を確保しようとしていたのに疲れてしまった。目を閉じた後すぐに眠れるといいのだが。  はしゃいでいないとか、テンションが低そうとか、優等生ぶるなとか言われるが、俺も楽しみにしている。ガイドブックには大量の付箋を貼っているし、持ち物の確認を終えたスーツケースを見ているとわくわくして来る。しっかり楽しんで俺がガリ勉ではないということを証明してやろうと思う。  古都では得るものがたくさんあるはずだ。現地で学ぶというのはいいことだ。見るもの聞くもの、いずれもいい経験になるだろう。実りのある修学旅行になりますように。  翌朝、いつもより早く起きていつもより早く家を出る。気を付けて行くんだぞ、と父。体調管理しっかりね、と母。お土産買って来てね、と眠たそうな妹。三人に見送られ、俺は星影駅へと出発した。
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