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伍 到着の後に
函館駅からJRに乗り、長万部班と別れ、星影駅に到着したのは午後八時を過ぎた頃だった。長旅もこれにて終わりである。
すっかり暗くなった星影駅で生徒達は解散する。親が迎えに来ている者、バスを利用する者、徒歩圏内の者、それぞれだ。俺は紫苑と一緒に歩いて帰ろう。
「こーちゃん、待って。うちのお父さんが車で来てるから、荷物載せて行かない?」
美幸と栄斗の荷物をトランクに詰め込んだ美幸の父親がにこやかに手を振る。大した距離ではないが、疲れているうえに夜道なのでお言葉に甘えてしまおうか。
「それでは晃一さん、私は先に行っていますね」
バスで帰る日和と別れて、俺達は美幸の父親が運転する車に乗り込んだ。曙家は家族全員が朗らかで元気が良くアウトドアを嫌わないタイプのため、四角い大きな車を所有している。長期休暇の際にはキャンプなどに出かけることもあるそうだ。幼い頃、「晃一君と栄斗君もよかったらぜひ」と、美幸の父親に何度か連れ回されたこともある。
暮影神社の鳥居前で栄斗が降車する。夜の鎮守の森は昼間よりも鬱蒼としているように見えてやや不気味な雰囲気である。参道の脇にある申し訳程度の街灯が控えめに地面を照らしていた。
「またね、ハルくん」
「お疲れー。おっちゃん、ありがと」
トランクを閉めて車は再び動き出す。美幸は何か俺と会話をしようと試みたようだったが、声を出す前に朝日家に到着した。
「ありゃ、もう着いちゃった。でも感想はまた後でたくさん話せるものね。またね、こーちゃん」
「あぁ。おじさん、ありがとうございました」
四角い大きな車を見送り、俺は我が家の玄関のドアを開ける。
「ただい……」
「お兄ちゃんお帰り!」
家の中に入るなり妹が飛び付いて来た。もう何週間も会っていないのではないかという勢いである。俺の帰還がそんなにも嬉しいのか。大袈裟だ。
「お土産! お土産は?」
「後でな」
「お土産!」
「まだ手洗ってないから待て」
一旦妹を退けるが、洗面所から戻ると再び飛び付かれた。幼い頃から変わらない無邪気な妹。これでいて学校では低学年から頼りにされる高学年のお姉さんだというのだから不思議なものだ。家と学校では人格が違うのか。
「今度こそお土産!」
「後で。後で。待ってくれ。落ち着いてくれ明香里」
夜ご飯は食べたんでしょ、という母の声に短く答え、妹を退けて階段を昇る。
部屋のドアを開けると、庭の松の枝に夕立が留まっているのが見えた。太い枝に座って向こうを見ている夕立は俺の帰宅には気が付いていないようだった。窓を開けて声をかけてやると、やや間を置いてから「かあ」と鳴いてくるりとこちらを向いた。
「あ……。晃一さん」
「寝ていたのか?」
「いえ……。少しぼーっとしていました……。すみません」
「いいよ。着替えるから少し待っててくれるか」
「はい」
再びくるりと体の向きを変えて、夕立はどこか遠くの方を見つめ始めた。その方向を見ていても隣家の壁か道路の電柱くらいしか見えないだろうに、一体何を見つめているのか。本人が言っている以上にぼーっとしているようだ。
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