弐 修学旅行開始!

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 スーツケースを引き摺って歩いているとカラスが一羽飛んで来た。しばらく並走するようにしてから、アスファルトに着地する。地面に下ろされたのは鳥の足ではなく革靴である。 「おはようございます、晃一さん」 「おはよう」  朝の日差しを受けて漆黒の翼が美しく煌めいていた。黙って立っていれば荘厳な雰囲気を纏いながら光り輝く神である。 「代理の者なのですが」 「あぁ」 「金閣寺で待機するように伝えてあります。すぐに見付かると思いますよ。向こうにも晃一さんの容姿は伝えてありますし」 「分かった」  自宅から駅までは約十五分。位置関係的には駅の裏側が住宅街なのだが、真裏であるが故に正面にしか入口のない駅に入るために回り道をする必要がある。裏手にも入口があり真っ直ぐに行くことができれば一瞬で汽車に乗れるというのに。  街はまだ半分眠っている。静かな街並みを眺めていると、つい欠伸が出てしまった。 「おや、眠たいのですか? 珍しいですね」 「おまえはこの時間から元気だな」 「鳥の朝は早いですからね」  星影から京都まで行くにはいくつもの路線を乗り継いでいく必要があり、所要時間も長い。修学旅行一日目のほとんどは移動時間である。そのため出発時刻はとても早い。学校行事の開始時間ではないと思う。  星影を出発し、長万部で乗り換え、函館に着いたら空港へ向かう。そこから伊丹空港を経て京都である。目的地に行くまでで一苦労だ。 「土産は何がいい」 「お土産話を聞くことができれば私は十分ですよ」 「たまには少し欲を出したらどうなんだ」 「欲……。そうですね……。雑誌かテレビかは覚えていないのですが、紹介されているのを陽一郎さんのところで見たことがあって……。飴を……。きらきらしたかわいらしい飴を売っているお店があるそうなのです」  紫苑は目を輝かせている。やはり光り物が好きなのだろうか。 「飴か。店の名前は分かるか?」 「すみません、そこまでは」 「それらしいのがあったら買って来るけど、間違えてても文句言うなよ」 「もちろん。晃一さんが選んで買って来てくださったものであれば何でも嬉しいですよ」  忘れないように、俺は携帯のメモに『紫苑に飴を買う』と入力した。目当てのものが無事に見付かるといいのだが。  ほどなくして、星影駅に到着した。星影高校の制服姿の少年少女達が旅行鞄を携えて楽しそうにしているのが見える。 「それじゃあ」 「いってらっしゃい、晃一さん。お気を付けて」  旅に出る時に神様が見送ってくれるなんて数ヶ月前の俺に言っても信じてくれないだろう。 「いってきます」  紫苑はにこりと微笑んで手を振っている。周囲に怪しまれない程度に小さく手を振り返して、俺は集合場所へ向う。背を向けたところで羽音とカラスの鳴き声が聞こえた。
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