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「行った先でおまえを好意的に思っているらしい神使に会った。何柱も」
「それは本当に数えるほどで、その方々に私は深く感謝をしなくてはなりません。幼い頃から体質のせいで親戚からも白い目で見られていたのに、それが邪神に堕ちて陰陽師に祓われるなど醜く愚かでどうしようもなさすぎです。一族の恥晒しで、神聖なる八咫烏に許されぬ失態で、勘当されて追放されてもおかしくない存在なのです、私は。普段中継をしてくださっている神社のカラス達にも緊急を要する時以外はあまり来ないでほしいと言われていますし……」
紫苑は正面を向いたままトリケラトプスのぬいぐるみを膝の上で転がす。
この男は穏やかな性格で礼儀正しく時にポンコツで天然な親しみやすいカラスである。俺や陽一郎さん、鳥達に見せているのはそういう側面だ。しかし、その微笑の奥でかつて犯した大罪に関して自責の念に苛まれ続けている。別の誰かが原因だとしても、こいつが村を流したという事実は消えない。周りの神使がこいつを軽蔑することをやめることもない。誰に何を言われようと、例え俺が「もういいんじゃないか」と言ったとしても、こいつはこの先もずっと「償い切ることはできない」と罪に悩み続ける。
弄んでいたトリケラトプスのぬいぐるみがころりと転がって床に落ちてしまった。小さく声を上げる紫苑よりも、無言で動いた俺の方が速かった。拾い上げたぬいぐるみを手に振り返ると目が合った。
「私は、疎まれ、忌み嫌われ、虐げられる定めなのです。それ相応の罪を犯しました。事の重大さを分かっているのに、それなのに、そうされるのが恐ろしいのです。何も分からないまま水に流された人の子や動物達の方が何倍も恐ろしかったはずなのに」
「俺は自分が踏み潰して来た虫の数など覚えていないし、彼らを憂いたこともない」
「それは……。それは、似て非なるものだと思います……。人の子を取るに足らない小さき物と考えているような方もいるようですが、私は大切にしたいと思っているので……」
「そうか、すまない。俺が無慈悲だったようだ」
「晃一さんは優しい人ですよ」
「そんなことを言うのはおまえくらいだ」
優しいですよ、と紫苑は俺に言い聞かせるように繰り返した。
拾ったぬいぐるみをどうしようか少し考えてから、俺はそれを紫苑の膝に載せた。再び転がり出しそうなのを膝に押し付けると、紫苑がそっとトリケラトプスの体に手を添える。
「俺は神様や神使の考えなんて分からないし、おまえの過去も詳しくは知らない。過去のおまえを否定するようなやつに何かを言い返すことなんてできないし、過去を悔いるおまえに何か言ってやることもできないのかもしれない」
けれど。
「けれど、俺は今のおまえを肯定することはできる」
闇のように深い漆黒の瞳が俺を見つめていた。驚いたように、関心を示すように、闇の中に輝きが揺らいでいた。
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