伍 雛、悶々

2/2
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
 声が徐々に小さくなり、やがて静かになる。ひよの姿は、俺の役に立たなければならないと自分を追い込んでいるようにも見える。小さな子供がそんなに思い悩む必要などない。のびのびしてほしいのだが、やはり妖怪に追われた時に何もできなかったことが自分の中で許せないのだろう。  切り札はあった。使わなかったのは俺だ。あの時、この紐を使ってしまえばよかったのだろうか。そうすれば、もっと早い段階で朧車を撃退できて危険な目には遭わなかったかもしれない。  お湯に濡れた紐から雫が落ちる。濡れると一層カラスの羽のように艶々と光った。温存すべきか、目の前の脅威に瞬時に放つべきか。  シャワーに打たれながら思考を巡らせるが、俺自身がどう動くべきなのかもひよにどうしてやるべきなのかも分からない。テストの解答を埋めるように何事も進めばいいが、そうはいかない。見習い神使を連れて修学旅行で古都を奔走するなんて、俺の知っている範囲では過去問もなくて傾向と対策もないのだから。  それなりに温まってから風呂を出ると、栄斗がベッドにひっくり返って寝息を立てていた。手にはスマホを持っているので、おそらく寝落ちしてしまったのだろう。傍らに修学旅行のしおりもある。  濡れているひよにドライヤーを当ててふわふわに戻してやってから、自分の髪を乾かす。 「明日は奈良へ行くんでしたよね」 「あぁ」 「奈良か……」 「何かあったか」 「えっ。いえ、別に……」  何かありそうだな。  ひよは俺に背を向けるが、鏡にばっちり顔が映っている。しかし鳥の表情は分からない。 「これで半分、ですね。あと二日、よろしくお願いします朝日様。ぼく頑張りますから」 「頑張らなくていい」 「え……。それって……。ぼく、役に立たないからいらないってことですか……!?」  俺はドライヤーを止め、震えあがるヒヨコのことを撫でる。 「違う。気負わなくていいという意味だ。のびのびやってくれと昨日も言っただろう」 「でもやっぱり紫苑様から任された仕事ですし」 「あいつはあんたを困らせようとして頼んだわけではないと思う」  ひよは小さな足で小さな足音を立てながらテーブルの上をうろうろ歩いている。 「今日はもう休め。眠れば少しは気が楽になるかもしれない」  俺が髪を乾かしている間、ひよはずっとテーブルの上をうろうろしていた。明日はホテルが変わるので、荷物をスーツケースに詰め直さなければならない。その間もひよはテーブルの上をごろごろ転がっていた。  しばらくして、動きが止まる。悩み疲れたのか、動き疲れたのか、ひよはふわふわの黄色い丸になって眠っていた。掬い上げてベッドの枕元に寝かせる。そして寝落ちしたままの栄斗に荷造りをするように声をかけてから、俺はデジカメの電源を入れた。 「うおー、寝てた……」 「荷物詰めておけよ」 「おーう……」  今日撮影した写真を見返しながら、寝ぼけ眼で散らかる荷物を手に歩き回る栄斗を見守る。明日も早い。もう少ししたら俺も寝よう。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!