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十九時になると、夜間授業が終わった。
わざわざ夜間とつけるのは、昔の授業が夕方には終わっていた頃の名残らしい。
窓の外を見ると、日はもう暮れていたけれど、火山灯りのおかげで暗くはなかった。火山がない町では、屋外の通りに電灯をつけるという。
この町の地域火山は豊四季火山と名づけられて、運河の温度を上げ、河龍の育成を促進している。
私が産まれる前に起きたボルケーノフェノメノンによって、日本のあちこちに火山ができた。
生活も経済の態様も一変して、大パニックになったらしい。私が小さい頃は、まだ飲料水や小麦粉は配給制だった。
少なくとも、その頃の高校生は、隣の同級生のスカート丈を気にする余裕はなかっただろう。
「はあ、今日も終わった。ほんと、一日あっという間のような長いような」
間宮ヒカリがため息をついて立ち上がる。
私はなにか言わなくてはならないような気がして、
「昔は授業の後にクラブ活動があったらしいよ」
と震える声で間宮ヒカリに告げた。なぜか彼女と話す時、私はいつも、泥水に足を取られるような屈辱感と劣等感を覚える。
間宮ヒカリは「ひょええ」と肩をすくめ、「信じられない」とかぶりを振る。
なんの意味があるのか分からないその一挙一動に、また男子たちが視線を送っていた。
ここのところ、特に熱を帯びた目で間宮ヒカリを見ているのは、窪田カツヤという男子だった。
窪田カツヤは、間宮ヒカリのお弁当箱を包むナプキンに干からびた米粒がついていると、
「女のくせにだらしないな!」
と笑っていた。
彼は、私が食事中に米粒を口からぽろりと落としても、特に気にする素振りもなかった。
間宮ヒカリのロッカーが整頓されていないのを見ると、窪田カツヤは
「女ならもう少し整頓したらどうだ!」
と笑った。
けれど私の机にだらしなく筆記用具が散らかっていても、目もくれなかった。
窪田カツヤは、私が大人しくなくても、しおらしくなくても、字が汚くても、言葉遣いが悪くても、ものを食べながらしゃべっていても、料理ができなくても、全くお洒落ではなくても、全然気に止める様子がなかった。
別に女だからって整理整頓が得意だと決まっているわけではないし、字が上手いとも、料理ができるとも、上品でかわいい服を持っているとも限らない。
好きでもない男子に、勝手に作られた女としての評価基準上で評価されたいとも思わない。
けれど、窪田カツヤは先週私にキスをしたし、人気のない空き教室でその少し先までの行為もした。
そのさらに先まで進まなかったのは、それまでの行為が快感どころか興奮さえ生まなかっただけではなくて、最後まで許してしまえばもう私には手持ちの財産がなにもなくなってしまうような恐怖に駆られたからだった。
窪田カツヤのことは全然好きでもなんでもなかった。
けれど、女としての価値をなにも持っていないと思っていた自分が、求められて与える快感というのは、想像を絶して巨大だった。
多分私のような人間って、他人には理解できないような理由で簡単に身を持ち崩すんだろうなと思った。
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