2人が本棚に入れています
本棚に追加
女になりたい。
子供の頃からそう思っていた。
問題は、私がすでに女であることだった。
心も女だ。体も女だ。
けれど、女になりたい。
七月の太陽は高く、私の黒く長い髪はたっぷりと陽光の熱を吸い込んで、体感温度を上げている。
もうじき一学期の期末試験を迎える教室は、その後の夏休みに思いを馳せる人間のほうが多いようだった。
窓際の席で、外の景色を見る。
眼下には、右手から左手へ、川が赤く流れていた。
昔、川は青かったらしい。そこで取った魚を食べる人までいたという。
今では、川底から河龍――龍といいつつ厳密には植物らしいけど――が、太さ一メートル近くある触手を十数本にょろにょろと中空に伸ばしていて、危なっかしくて水面までは近寄れない。
龍はそのいくつかが世界各地で確認されているものの、研究はまだまだ進んでいなくて未知の存在だった。
虫から生える虫龍、岩から生える岩龍、それらよりずっと数は少ないけど、鳥龍、苔龍、人龍……
いずれは、地球上の全ての物体から龍が生えると言う人もいる。
以前は、季節は今よりもメリハリがあり、十二月にもなるとこの千葉県流山市でも長袖の服を着る人がほとんどだったそうだ。
それでは、北海道あたりなんてどうなるんだろう。
人間が、二十五度以下の気温で生きていけるのか?
隣の席の間宮ヒカリを見た。
膝の辺りを隠すか隠さないかしている丈のスカートは、私から見ても野暮ったがった。
しかし、クラスの男子は、その裾をちらちらと見ている。
高校一年生の男というのは、そういうものらしい。
だから仕方ないもんなんだよとしたり顔で述べるやつを見ると殺したくなるけれど。
私のスカート丈は、間宮ヒカリよりも少し短く、椅子に座ると完全に膝が出る。
私の身長は百五十五センチ。間宮ヒカリは百五十九センチ。
私の髪はストレートで黒くて長い。間宮ヒカリはくせっ毛で肩辺りまでの長さ。
私のほうが女らしい、はずだと思う。
私は女になりたい。
間宮ヒカリのようにはなりたくない。
でも間宮ヒカリのような存在にはなりたい。
担任の先生がホームルームを始める。
先生には左の耳がない。
今の時代は、誰もが、なにかしらが欠けているという。
満たされた時代というのが、昔はあったのかどうか、私は知らない。
私はただ、私が女でありたい。
■
最初のコメントを投稿しよう!