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プロローグ
エステルトンは貴族の街。
こう呼ばれるようになったのはいつからなのか。私はそんな街の御屋敷に雇われている。
"奴隷"として。
掃除、洗濯は当たり前。そして時には暴力も。
それでも幸運な事に性的行為は要求された事はなかった。
それでも私の体はボロボロ、痣だらけ。
いっそこの場所から追い出して欲しい。
今日は全員忙しそうに屋敷を駆け回っていた。
どうやらお客さんが来ているらしい。それも位の高い人のようだ。
いつも通り雑務をこなしていると、突然旦那様から呼び出しがあった。
おかしい。今は話に花を咲かせている最中ではないのか。
ひとまず仕事を終え、私はそのまま来客者専用ルームに向かった。
ドアの前に立つと中から笑い声が聞こえてきた。盛り上がっているのか、話が途切れる気配は無い。
仕方なくドアをノックすると、"入れ"と声がかかる。
「失礼します。」
部屋に入ると、そこには旦那様ともう一人、金髪で眼鏡をかけた男性が座っていた。二つの視線が私に集まる。
「ルーン様、こいつがミアです。どうしてこんな物をわざわざ呼び出したのですか?」
旦那様は汚い物を見るような目をしている。
それとは対象的に、ルーンと呼ばれた男はニコニコしていた。
「物だなんて酷いなぁ。とても可愛らしい人じゃないですか。」
そう言って彼は、はははと笑った。
小さい頃に親に捨てられてから、こんな事を言われたのは初めてだった。
少しだけ、嬉しかった。でも、
「可愛い!?冗談でもやめた方がいいですよ。こいつ、いつも私に反抗的な目をしてくるんです。住まわせてやってるって言うのに……。」
と、旦那様が口をはさんだ。その後もグチグチと何かを言っている。
私は何のためにここに呼び出されたのだろう。旦那様からの誹謗を聞かされるために来たのか?
……この部屋から出よう。それを伝えようと口を開いた時、ルーン様が立ち上がった。
「旦那様、すこーしだけ黙って頂けませんか?」
刹那━━━━━━━━。
目線の先にはナイフを持ったルーン様と、
血を流している旦那様がいた。
思考が停止する。無情なことに、その間も赤い液体は辺りをどんどん真紅に染め上げていく。
気づけばルーン様の服も、私の服にもそれが飛び散っていた。
「……!」
だんだん頭が働いてきた。そのせいで今自分が置かれている現状が見えてくる。
旦那様が、殺された。
この部屋に残っているのは私とルーン様だけ。
……━━━━━━━━━━━━━━
私はその場に座り込んだ。
それを見たルーン様は予想外と言うように目を見開いている。
「逃げないのかい?」
そうだ、逃げなければ━━━━でも、
私が逃げて誰かにこの事を知らせたとしても、きっと誰も信用してくれはしない。そして、権力のない私はきっと犯人にされてしまう。
そういう世界なのだ。悲しいことに。
それに、このまま上手く行けば私は自由になれるかもしれない。誰からも暴力をされることも無く、陰口を言われることもない。
そんな天国へ、もしかすれば。
こくりと頷く私を見たルーン様は、ため息をつく。
「そうか…………。余程、辛い思いをしてきたんだろうな。」
一歩、また一歩と気配が近づいてくる。
これでいいんだ、これでいいはずなのに……
心臓がうるさくて、無性に涙が止まらない。
やがて、目の前でルーン様はしゃがみ込んだ。
目線が対等になる。よく見ると、とても綺麗な顔立ちをしているのが分かった。
あぁ、終わりだ。
ぎゅっと目を瞑る。やるなら早くしてほしい。
もう1秒でも早くいきたいんだ。
気配が動く。左頬に、温もりを感じた。
静かに目を開いてみる。すると、
先程までとは違う、とても優しい目をした彼がいた。哀れみなんかじゃない、私の知らない気持ちを、彼は今、感じている。
「なんで、なんで殺さないの……?」
「君に、まだ呼び出した理由を言ってなかったからね。あれじゃああまりに理不尽だろう?」
一息おくと、彼は私の目を真っ直ぐに見つめてこう言った。
私たちの仲間になって欲しい。━━━━━
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