左手の晩餐

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 漆黒の空をゆっくりと流れる、飛行機の赤い点滅。  肌寒い四月の夜風が、僕に警告するようにぴしゃりと吹いた。  仰向けになった僕の体の大半は、歩道の上に。  左腕は、薄汚れたガードレールを(くぐ)って道路上に。  時刻はそろそろ二十二時を回っているだろうか。一車線の田舎道。周囲に見えるのは小さな一軒家やシャッターのしまった個人商店ばかりで、車の通りは多いとは言えない。  けれども、3分と待たないうちに、期待していたものは訪れた。  鈍いエンジン音とともに近づいてきたのは、大きな白いバン。  ヘッドランプからほとばしる二筋の光が、夜の闇に確かな色彩を描いた。  勇ましく回転する黒い車輪が、道路に投げ出された左腕に迫る。  眩い光に目を細めながら、僕は胸を踊らせた。  さあ、轢いてくれ。  早く、僕の体を引きちぎってくれ——。  反射的に目を閉じた途端、車輪とアスファルトの擦れる耳障りな音がして。  バンは、僕の左腕まであと一メートルもない地点で急停車した。  思わず、無傷で終わった左腕に目をやる。心臓がかつてないほどにうるさい。ワイシャツの中の湿っぽい感触が、全身から噴き出した汗の量を示していた。  ふと運転席を見上げる。フロントガラス越しに僕を見下ろしていたのは、細い目をした三十代前半くらいの男性だった。
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