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「全然違うよ」
最低な願望を打ち明けた僕に対し、向かい席の彼は間髪入れずにそう言った。
「違う?」
首をかしげると、彼は捉えどころのない笑みを浮かべて続ける。
「君がなりたいのは、障害者ではない」
「というと?」
「君はこう考えている。何か大きな不幸を背負えば、なりたいものに近づける、と。でもその考えは間違いだ」
彼はそこで一度言葉を切って、グラスの中にわずかに残った烏龍茶を飲み干した。
「体の一部を失おうが君がそれになれるとは限らないし、逆に、今この瞬間からそれになった、と思うこともできる。ついでに言うと、そもそも君がなりたいそれには、そこまで憧れるほどの価値はない」
彼の背後、窓の向こうで広がる漆黒の夜空。
虚空を小さく彩る、飛行機の赤い点滅。
左から右へゆっくりと流れたその光は、やがて壁の向こう側に入り込んで、僕の位置からは見えなくなった。
「……僕がなりたいものとは、いったい?」
彼は僕の質問には答えず、スタンドに立てかけてあったメニュー表を取り出して、僕の前に置いた。
そして立ち上がり、ハンガーにかけてあったトレンチコートを身にまとう。
「僕はそろそろ失礼するよ。元気でね」
「あ、はい。あの……」
「ん?」
五秒もしないうちに外に出てしまいそうな彼の軽やかな動作を見て、僕は少し後ろめたい混乱を覚えていた。
「君は何か、勘違いしていないか?」
僕の心情を察したらしい彼が、飄々と続ける。
「僕は、『なんでも好きなものを食べてくれ』と言っただけだよ」
「え、ああ、わかってます」
正直に告白するなら、奢ってくれる流れなのだと勝手に思っていた。彼はそんなこと一切口にしていないのに。
気まずさに耐えられず無意味に左手でおしぼりを撫でた僕を、彼の細い目が捉える。
「そこにあるの全部、君から君へのご馳走だ」
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