左手の晩餐

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 彼はそう言うとカバンを肩にかけて歩き出し、それから僕の真横あたりで何かを思い出したように立ち止まった。 「あ、烏龍茶代は、僕のことを人殺しにしかけた慰謝料ね」  あっさりと付け加えて、彼は軽やかに店を出る。駐車場でバンのロックを解除してから、窓越しに僕に一度だけ手を振ってくれた。僕はお辞儀をして、唇の動きで「ありがとうございました」と伝える。  細い目の彼は流れるような動作でバンを稼働させ、あっけなく夜道に吸い込まれていった。  彼の車が見えなくなった頃、店員が現れて数枚の平皿とともに烏龍茶のグラスを回収した。ライトブラウンのテーブルの上に、まるで僕が最初から一人で飲んでいたかのような光景が出来上がる。  誰もいなくなった向かい席。  今僕の正面に見えるのは、少し汚れた大きな窓。  ジョッキの中には、ビールがまだ半分ほど残っていた。  右手で持ち上げたそれを、空っぽな左手の甲にそっとぶつける。 「面接、お疲れ様でした」  窓の向こうには、星ひとつない夜空がすっきりと広がっていた。
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