左手の晩餐

　僕は、見ず知らずの他人を交通事故の加害者にしようとしたのだ。
　今更そんな実感が湧いてきて、肺をきゅっと握られたような痛みを覚えた。
　どうにも体がうまく動かせず、仰向けのまま深呼吸を繰り返す。

　一方で運転手の男性の方は早々と冷静さを取り戻したらしく、軽やかな動作で助手席に移動し、窓を開けて顔を出した。軽くパーマをあてられた髪がさらりと揺れる。

　トレンチコートに身を包んだ彼は、数秒間、美術館の展示物を眺めるように僕の体の上で視線を動かしてから。
　危うくこの状況を忘れかけるほどに軽やかな声音で、こう言った。

「やあ青年。そんなとこで何してるんだい？」