左手の晩餐

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 彼女が選んだのは僕が知らない小説で、作文のはじめの方に書かれた説明によると、家族愛をテーマとするヒューマンドラマらしかった。幼い頃に母を亡くし、父やその再婚相手など次々と身元を引き取られながら育った女の子の物語。  感想文の冒頭にある通り、筆者である彼女自身も母親を亡くし、主人公に深く共感しながら読み進めたとのことだった。主人公のたくましさや彼女を取り巻く大人たちのやさしさに胸を打たれ、この小説を読むことで自分自身も悲しみから立ち直ることができた。  そのような内容が、同い年にしては少し大人びた文体で力強く綴られていた。 「おーい! ヒロ!」  後ろから聞こえた声が、作文の世界から僕の意識を引き戻す。  振り返ると、よく日焼けした男の子が僕に手を振っていた。当時いつも吊るんでいたクラスメートの(わたる)だ。 「何読んでんの?」 「いや、別に。ちょっと暇だったから」    航はそれ以上僕の読んでいるものに興味を示すことはなく、代わりに目を輝かせてこう言った。 「なあなあ、暇なら今から俺んち行こうぜ! 新しいゲーム買ってさ!」 「まじで! 行く行く!」  そういえば、航も日本人だな。  冊子を棚に戻す途中、頭の中をそんな呟きが横切った。
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