左手の晩餐

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 ※ ※ ※  時は流れ、高校二年生の夏休み。  僕は、当時熱中していたとあるロックバンドのライブに足を運んでいた。  最新アルバムの収録曲を中心に次々と名曲が演奏され、あっという間に一時間が過ぎていた。  ライブの折り返しとなるMCの時間。ギターボーカルのリクヤさんが、トレードマークである紺色のキャップを取りながら神妙な声で語り始めた。 「今日はいつも応援してくれているみんなに、どうしても伝えたいことがある」    深い呼吸音を何度かマイク越しに響かせたのち、彼はゆっくりと短い文を口にした。 「俺は、ゲイだ」  時が止まったような沈黙。続いて、爆発的な拍手が起こった。  勇気を振り絞ってカミングアウトしたロックスターを、数百人のファンが祝福する。  観客の熱い視線に見守られながら、彼は時に泣きそうな声で、時に達観したような口調で、語り続けた。中学生の時に同性愛者だと自覚して絶望したこと、高校生の頃に何度か自殺を考えたこと、今も周囲からの何気ない一言に心を痛めること。  一通り一人称のストーリーを語ったのち、彼はオーディエンスに向けてこのように締めくくった。 「この中にはきっと、誰にも理解されない苦しみを抱えている人もいるかもしれない。でも、生きていれば、君は絶対大丈夫だから。頼むから、生きて。苦しい時は、俺らと一緒に叫ぼう」  ドラマーが凄まじい勢いでシンバルを叩き、彼らの代表曲が始まった。  孤独と闘い続けた男の歌声が、広大な会場に熱く響き渡る。 「誰が好きとか 何が嫌いとか  従うべきはお前の心自身だろ」  無意識に口ずさめるほど耳に馴染んでいたその歌詞は、けれど、それ以前よりも何倍も深く、鋭く、僕の心に突き刺さった。  それから一時間、僕はステージから生み出されるビートに身を委ね、何度も床を蹴って跳躍した。  彼らの背負ったストーリーと比べて、僕の体はあまりにも軽かった。
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