左手の晩餐

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 ※ ※ ※  大学四年生に上がって数週間が経った今日は、とある大手不動産会社の一次選考だった。  定刻の十分前にオフィスに到着した僕は、案内された待合室で簡素なソファーに腰掛け、想定質問への回答を読み直していた。  ややあって、僕と同じようなブラックスーツに身を包んだ青年が隣に現れた。 「こんにちはー!」  ウェリトン型のメガネをかけた彼が爽やかに微笑み、僕に軽く頭を下げる。あまりにも平和的なその表情を目にして、僕は彼がこれから同じ企業を受ける競争相手であることを忘れかけた。 「こんにちは」 「面接、二人ずつでしたよね。よろしくお願いします!」 「よろしくお願いします」 「ここで何社目ですか?」 「えっと、七かな」 「おお、結構受けてるんですね!」 「何社目ですか?」  軽く手のひらを向けながら訊き返すと、彼はどこか自信なさそうにこう言った。 「僕はここしか受けないって決めてるんですよ」 「えっ」  僕の中の就活の常識から外れた彼の言葉を受け、眼球に突然水をかけられたような感覚が走る。 「それはなんというか……すごいですね」 「いやいや。ですので、めちゃくちゃ緊張してます」  それからほどなくして、僕らはグループ面接の場に呼ばれた。
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